標本化定理とウェーブレット:Nyquist の定理・不確定性原理・多重解像度解析・Daubechies の構成
対象読者: 本テーマ第 1 章のフーリエ級数、第 7 章のハーディ空間とペイリー–ウィーナーの定理、第 9 章のフェイェール–リースの分解を学んだ修士レベルの人。信号処理の知識は仮定しません。
前提となる記事:Paley–Wiener の定理・Hardy 空間・Hilbert 変換:上半平面の正則関数と境界値、Toeplitz 作用素と Szegő の極限定理:Hankel・Wiener–Hopf・Fejér–Riesz・Bergman 空間、フーリエ級数:Dirichlet–Jordan の収束定理・Fejér の定理・Parseval の等式・Gibbs 現象
0. この記事の要点
Section titled “0. この記事の要点”音や画像のような連続的な信号を、とびとびの数値の列として保存したり送ったりするとき、どのくらい細かく測れば元の信号に戻せるのでしょうか。この記事はまずその答え(標本化定理)を示します。次に、「いつ起きたか」と「どの周波数か」を同時には鋭く言えないという限界(不確定性原理)を示し、その限界の中で信号を効率よく表すウェーブレットという基底の作り方までを扱います。読み終えると、ウェーブレットの基底がどんな条件から組み立てられるかを追えるようになります。
- 標本化定理: Fourier 変換の台(値が でない範囲)が に入る 関数は、間隔 の標本値から と完全に復元できます( は の形の関数で、§1 で定めます)。間隔をこれより粗くすると復元は一般に不可能です(Nyquist 率。復元に必要な標本の細かさの限界)。
- 不確定性原理: で、等号は Gauss 関数に限ります。また と がともにコンパクト台なら です。時間と周波数の両方で鋭く局在した関数は存在しません。
- 多重解像度解析: の閉部分空間の入れ子(粗い見方から細かい見方へ段階的に大きくなる空間の列) で、スケーリング関数(基本となる波形) の整数平行移動が の正規直交基底になるものです。そこからウェーブレット が作られ、 が の正規直交基底になります。
- 鍵はフィルタ についての条件 で、ウェーブレットは から作られます。
- Daubechies の構成: を Bezout 型の恒等式で作り、Fejér–Riesz の定理(非負の三角多項式を の形に書く定理)で を取り出し、無限積 で を定めると、台が のスケーリング関数と 次の消失モーメント( が で成り立つこと)をもつウェーブレットが得られます。
デジタル信号処理は「連続な信号を離散的な数列で表す」ことから始まります。どんな条件で、どれだけの密度の標本があれば元の信号に戻れるのか。この問いに Fourier 解析で答えるのが標本化定理です。答えの鍵は Hardy 空間の章の Paley–Wiener の定理(定理 3.3[Paley–Wiener の定理・Hardy 空間・Hilbert 変換])で、帯域制限された信号は整関数なので、離散点の値が全体を決めても不思議ではありません。
一方、Fourier 基底 は周波数については完全に局在していますが、時間(位置)についてはまったく局在していません。音声や画像のように「いつ・どこで・どの周波数が」現れるかが重要な信号には、時間と周波数の両方である程度局在した基底が欲しくなります。不確定性原理はその限界を示し、ウェーブレットはその限界の中で最適に近い基底を、平行移動と 2 倍の拡大という単純な操作だけで作ります。
本章の Fourier 変換は 、 です(ℝⁿ 上のフーリエ変換)。()とします。
2. 標本化定理
Section titled “2. 標本化定理”定理 2.1(標本化定理(Whittaker–Shannon–Kotelnikov))✓
とし、 が a.e. on を満たすとする( は 定理 3.3[Paley–Wiener の定理・Hardy 空間・Hilbert 変換] の連続な代表元で考える)。 とおくと
で、級数は でも 上一様にも収束する。
証明(定理 2.1)
を区間 (長さ )上の Fourier 級数に展開します。 と変数変換すれば フーリエ級数 の Parseval の等式(定理 5.1[フーリエ級数])がそのまま使え、 は の正規直交基底です。係数は
です(最後は についての Fourier 積分による表示。定理 3.3[Paley–Wiener の定理・Hardy 空間・Hilbert 変換])。部分和 は で に収束し、逆 Fourier 変換は
なので、 です。Plancherel の定理(定理 4.1[ℝⁿ 上のフーリエ変換])から 収束、 から一様収束が出ます。ノルムの等式は Parseval の等式 と から です。
証明の方針は、標本点 ですべて になるのに でない帯域制限関数を、(標本点で になる波)に、帯域に余裕の分だけ幅をもつ滑らかな関数を掛けて作る、というものです。 を掛けると周波数が だけずれ、ずれた先がまだ に収まる余裕が です。
証明(命題 2.2)
とし、 とおきます。 の Fourier 変換は なので、 はその畳み込みの 倍で台は です。 とすると、 の台は に入り( の掛け算は周波数の 平行移動、 の台は )、、、 です。
標本間隔が粗すぎると、周波数 と の成分が標本の上で区別できなくなります(エイリアス)。Poisson 和公式(定理 6.1[ℝⁿ 上のフーリエ変換])の言葉では、標本列 の離散 Fourier 変換は を周期 で周期化したもの で、 のときに限り周期化しても重なりが生じません。
3. 不確定性原理
Section titled “3. 不確定性原理”証明(定理 3.1)
部分積分(境界項は急減少性で消える)で
です(Cauchy–Schwarz)。等号は と が一次従属で、かつ となる向きのとき、すなわち ()のときで、これを解くと です( の場合。 では に入らない)。後半は (Plancherel の定理と )を代入したものです。
量子力学の言葉では、 の状態で位置 と運動量 の(平均 のときの)標準偏差 、 について ()です。不等式は、 と が に入る 全体に延びます(調和振動子の二次形式の定義域では が形式の芯になる。Schwartz 空間と緩増加超関数の Hermite 展開 定理 5.2[Schwartz 空間と緩増加超関数] を参照)。
証明(命題 3.2)
の台が有界なので、定理 3.3[Paley–Wiener の定理・Hardy 空間・Hilbert 変換] から は整関数の制限です。 が区間 で なら、一致の定理(定理 7.3[正則関数の強力な性質])から整関数は恒等的に です。
より定量的な形として、Hardy の不確定性原理「、、 なら 」があります(Phragmén–Lindelöf の原理を使う証明は Folland–Sitaram の総説を参照)。 は Gauss 関数 で、ここでも Gauss 関数が限界を与えます。
4. 多重解像度解析
Section titled “4. 多重解像度解析”の閉部分空間の列 と関数 が次を満たすとき、多重解像度解析(MRA)といい、 をスケーリング関数という。
- 。
- は で稠密で、。
- 。
- は の正規直交基底である。
、 も同様に定める。
3 と 4 から は の正規直交基底です。 は「解像度 で見える関数」の空間で、 で細部まで、 で粗い平均だけになります。
例 4.2(Haar の多重解像度解析)
、 を長さ の二進区間 上で定数な 関数の空間とします。1, 3, 4 は明らかです。 の稠密性は、 の関数( で稠密)が二進区間上の平均を取った階段関数で一様に、台を保って近似できることから出ます。 なら、 は と 上で定数(全 )なので と で定数で、 なので です。
証明(補題 4.3)
Plancherel の定理(内積の形)と から
です(Tonelli の定理で和と積分を交換。)。正規直交性は の Fourier 係数が であることで、Fourier 係数の一意性(命題 7.1[フーリエ級数])からこれは a.e. と同値です。
を多重解像度解析とする。
- について ( 収束、)で、 は と (a.e.)を満たす。
- とし、 を で定めると、 は の正規直交基底である。具体的には (符号を反転した も同じ性質をもつ)。
証明の流れは次のとおりです。まず から、 自身が 2 倍に縮めた の平行移動の和で書けること(フィルタ )を示します。次に Fourier 変換の側で、 を周期関数の空間と同一視し、 を「各点で 1 本の直線に値をとる関数」の全体として捉えます。その直線に直交する直線が、細部の空間 に対応し、そこからウェーブレット が見つかります。最後に、スケールごとの細部 を全部足すと 全体になることを、 への射影が、どの関数に対しても で または に近づくこと(強収束)から結論します。
証明(定理 4.4)
第 1 段: の Fourier 表示. は の正規直交基底なので、 は ()と書け、 から
です。写像 は から へのユニタリ作用素です(Parseval の等式)。
第 2 段: 1 の証明. に第 1 段を使うと、 で です。補題 4.3 を に使い、 で評価して の偶奇で分けると
( は周期 )で、再び 補題 4.3 から右辺は です。
第 3 段: と の像. なら ()なので、 です。 の元 を ごとのベクトル と見ると、 で、内積も各点の の内積の積分です。 は周期 なので の元は 、 の形で、第 2 段から です。 は を自由に動き、 は 上の 関数を自由に表せるので、 は「各点で の張る直線に値をとる」関数全体です。 は各点で と直交する単位ベクトルなので、 は各点で の張る直線に値をとる関数全体、すなわち で、 です。
第 4 段: の基底. となる は第 1 段の式から を満たし、 です(平行移動 は に を掛ける)。()は第 3 段から から へのユニタリなので、 は の正規直交基底です。係数は から、 の の係数は で、第 1 段の展開 から主張の式です。
第 5 段: 全体. 3 から は で、 はその正規直交基底です。 について です。 への射影 は について増加し、2 の稠密性から ()、 から ()が強収束で成り立ちます(増加・減少する射影の列は、和・共通部分への射影に強収束する)。よって で、 は正規直交基底です。
Haar の場合(例 4.2)は で、符号を除いて です。Haar ウェーブレットは時間方向には完全に局在していますが不連続で、 は 程度にしか減衰しません。周波数方向の局在を良くするには を滑らかにする必要があり、これが Daubechies の構成の動機です。
5. Daubechies のコンパクト台ウェーブレット
Section titled “5. Daubechies のコンパクト台ウェーブレット”逆向きに、フィルタ から出発して多重解像度解析を作ります。コンパクト台の を得るには を三角多項式に取ります。
証明(補題 5.1)
を と に分けます。前半は です。後半で ()とおくと で、和は です。 上では各項が非負で、 の項 と の項 が同時に になることはないので です。
証明の方針は三つです。(1) Bezout 型の恒等式(補題 5.1)と Fejér–Riesz の定理でフィルタ を作る。(2) 無限積で を定め、 に入ること・正規直交性・台の大きさを調べる。(3) 前節の定理を使ってウェーブレットを作り、 の での零点の位数から消失モーメントを読み取る。
証明(定理 5.2)
第 1 段: の存在. は、、 から の 次以下の多項式、すなわち次数 以下の非負三角多項式です。Fejér–Riesz の定理(定理 4.1[Toeplitz 作用素と Szegő の極限定理])から となる次数 以下の多項式 があり、()は の多項式です。 なので を選んで とできます。 で と が入れ替わるので、補題 5.1()から です。また なので、 は で になりません。
第 2 段: 無限積. で、 は滑らかで なので です。 から無限積はコンパクト集合上で一様収束し(命題 3.2[整関数とガンマ関数] と同じ評価)、 は連続で 、、 です。
第 3 段: 切り落とした積. とおきます。 について を考えます。積分範囲 の負の部分を だけ平行移動すると、 の因子 は周期 の倍数のずれなので不変、 も不変()、 の因子は に変わるので
(被積分関数の周期性で区間を に戻した)です。 なので、Plancherel の定理から です。
第 4 段: と正規直交性. 第 1 段から は で にならないので、 では無限積のすべての因子の引数が に入り、 は 上の連続で にならない関数です。 とすると、 で なので です。Fatou の補題から で 、次に優関数 による優収束定理で ()です。極限で です。
第 5 段: 台. は有限測度 の Fourier 変換なので、 は畳み込み の Fourier 変換で、 の台は です。 は有界な各点収束なので で収束し(優収束定理)、 の連続性(定理 6.4[Schwartz 空間と緩増加超関数])から ()です。 と交わらない台の試験関数 では なので 、すなわち です。
第 6 段: 多重解像度解析. 4 は第 4 段、3 は定義、1 は ( を意味し、拡大すると )から出ます。: が に台をもつとき、Cauchy–Schwarz の不等式から ()で、 なら区間 は互いに素なので (優収束定理)です。こうした は稠密で なので、 が強収束で成り立ちます。 の稠密性: の台が に入る と について、 なので、Parseval の等式から (、、連続性)で、 です。
第 7 段: ウェーブレット. で は のときだけなので、台は に入ります。 は で 位の零点をもつので は で 位以上の零点をもち、 の 階導関数は で消えます。 はコンパクト台なので で、消失モーメントを得ます。
例 5.3(N = 2 の Daubechies フィルタ)
では で、Fejér–Riesz の分解を実行すると(演習 6.3)
を得ます。 の台は 、 は 2 次の消失モーメント(定数と 1 次関数に直交)をもち、 は連続(実際は Hölder 指数約 )です。 を大きくすると滑らかさは にほぼ比例して増え(漸近的に約 )、台の長さ と滑らかさの間に不確定性原理と同じ種類のトレードオフがあります。
消失モーメントの意味は次のとおりです。 が の近くで 階まで滑らかなら、Taylor 展開の 次までの部分は と直交するので、ウェーブレット係数 は 程度に小さくなります。滑らかな部分ではほとんどの係数が に近く、不連続点や特異点の近くの係数だけが大きく残ります。これが画像圧縮(JPEG 2000)でウェーブレットが使われる理由です。
演習 6.1標準
の台が に入る と、 を取る。 を で 、 の外で となる滑らかな関数とし、 とすると、間隔 について が成り立つことを示せ。 は急減少なので、級数は sinc の場合より速く収束する(過剰標本化の利点)。
解答
定理 2.1 の証明と同じく、 を 上で Fourier 展開すると ( で)です。両辺に を掛けても は変わらないので で、逆 Fourier 変換すると から主張を得ます。 なので (定理 4.2[Schwartz 空間と緩増加超関数])です。
演習 6.3標準
例 5.3 の について、(a) 、(b) 、(c) を確かめよ。また、(b)(c) が条件 (偶数だけずらした係数列の直交性 )の具体形であることを、両辺の Fourier 係数を比べて説明せよ。
解答
なので (a)。 なので (b)。 なので (c)。 の の係数は で、 では 倍されます。和が であることは、 が偶数のとき と同値です。(b) は 、(c) は の場合です。
- I. Daubechies, Ten Lectures on Wavelets, SIAM, 1992 — 第 5 章(多重解像度解析)、第 6 章(コンパクト台ウェーブレット)。
- S. Mallat, A Wavelet Tour of Signal Processing: The Sparse Way, 3rd ed., Academic Press, 2009 — 第 3 章(標本化)、第 7 章(ウェーブレット基底)。
- E. Hernández, G. Weiss, A First Course on Wavelets, CRC Press, 1996 — 第 2 章・第 3 章。
- C. E. Shannon, “Communication in the presence of noise”, Proc. IRE 37 (1949), 10–21.
- G. B. Folland, A. Sitaram, “The uncertainty principle: a mathematical survey”, J. Fourier Anal. Appl. 3 (1997), 207–238.
執筆: Claude Code(Opus 5.5)、Claude Code(Sonnet 5.5)・監査 2 回(Claude Code)・最終 2026-10-12
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