Pauli–Fierz 模型と赤外問題:非相対論的 QED の自己共役性・基底状態・有効質量
対象読者: 本テーマ第 1〜11 章の Nelson 模型までの内容と、Coulomb ゲージでの電磁場の量子化、ベクトルポテンシャルを学んだ博士課程の人。
前提となる記事:Nelson 模型と spin-boson 模型:自己共役性・基底状態・紫外くりこみ
0. この記事の要点
Section titled “0. この記事の要点”水素原子の電子は、量子力学だけで考えるといつまでも同じ状態にとどまりますが、実際の原子は光を出して状態を変えます。電子が光(電磁場)とやり取りする効果を入れた最も標準的な模型が、この記事の Pauli–Fierz 模型です。ここでは、この模型が数学的にきちんと意味を持つこと、電子が光の雲をまとって少し重く見えること、そして動く電子には光の粒が無限個まとわりつくことを順に確かめます。
- Pauli–Fierz ハミルトニアン は、紫外切断(振動数の大きい光を除く cutoff)つきのクーロンゲージのベクトルポテンシャル で定義されます。横波条件 により となります。
- 相互作用 は自由ハミルトニアンの「1 乗」で抑えられ、相対限界(摂動が自由部分の何倍で抑えられるかの下限)は になりません。それでも が小さければ Kato–Rellich で 上の自己共役性が出ます。任意の で成り立つことは Hiroshima の定理です。
- では全運動量 が保存し、Lee–Low–Pines 変換(電子の位置を場の運動量でずらして、全運動量ごとの小さな問題に分ける変換)で (ファイバー分解)、 と分解されます。基底エネルギーの曲率 が有効質量を定めます。
- 束縛された電子には、任意の結合定数で基底状態が存在します(Bach–Fröhlich–Sigal、Griesemer–Lieb–Loss)。光子は質量ゼロで赤外正則(振動数が に近い光との結合が十分おとなしいこと)でもありませんが、 というゲージ構造のおかげで軟光子の数が有限に保たれます。
- 運動する電荷 では古典的な速度場の分だけ軟光子が無限個まとわりつき、 は Fock 空間に基底状態を持ちません(Hasler–Herbst)。双極子近似ではこれが厳密に見え、(鋭い切断で )が得られます。
水素原子のスペクトルを Schrödinger 方程式で計算すると、励起状態は永遠に安定な固有状態になります。実際には励起状態は光を放出して崩壊し、エネルギー準位もわずかにずれます(Lamb シフト)。この違いを説明するには、電子を量子化された電磁場と結合させる必要があります。相対論的な QED(QED の 1 ループ)はそれを摂動論で行いますが、原子のエネルギー領域では電子は非相対論的で、光子のエネルギーも電子の静止エネルギーよりずっと小さいので、もっと単純な模型で足ります。
Pauli と Fierz(1938)は、Schrödinger 粒子の運動量 を最小結合 に置き換え、クーロンゲージの量子化された横波電磁場(電磁場の量子化とゲージ固定)のエネルギーを加えたハミルトニアンを考えました。これが非相対論的 QED の標準模型で、紫外切断を残せば数学的にきちんと定義できます。
前章の Nelson 模型と比べると、2 つの点で難しくなります。1 つは、相互作用に粒子の運動量 が掛かるので、自由ハミルトニアンに対する相対限界が でなくなることです。もう 1 つは、光子が質量ゼロで、結合関数が赤外正則でないことです。Nelson 模型ならこれで基底状態が消えますが(Nelson 模型と spin-boson 模型)、Pauli–Fierz 模型では束縛された電子には基底状態が残ります。その理由がゲージ不変性で、逆に自由に運動する電子では軟光子の雲が Fock 空間からはみ出します。この章はこの対比を、自己共役性・ファイバー分解・基底状態・有効質量の順に追います。
執筆: Claude Code(Opus 5.5)、Claude Code(Sonnet 5.5)・監査 2 回(Claude Code)・最終 2026-10-12
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