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原子核:結合エネルギーの質量公式から、殻模型・α/β/γ 崩壊・核反応まで

対象読者: 学部の量子力学(水素原子、角運動量とスピン)と特殊相対論の 4 元運動量(E=mc²)を学んだ人。原子核や素粒子の知識は仮定しません。

前提となる記事:角運動量とスピン:交換関係から固有値・パウリ行列・合成則を導く、相対論的力学:4元運動量が語る E=mc² の意味

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原子の中心にある小さな原子核は、陽子どうしが反発し合うのに、なぜばらばらにならないのでしょうか。また、ウランのように何十億年も持つ核と、ごく短い時間で壊れる核があるのはなぜでしょうか。この記事では、原子核を「水滴」のようなものと見て、その重さ、壊れ方、反応の起こり方を、量子力学と相対論の基本だけから数式で説明します。読み終えると、核の質量のおおよその値や、どの核が安定か、崩壊や反応が起こる条件を自分で見積もれるようになります。

  • 原子核は陽子 ZZ 個と中性子 NN 個からなる束縛系で、質量数 A=Z+NA=Z+N の核の質量は構成粒子の質量の和より 結合エネルギー(核をばらばらにするのに必要なエネルギー)BB だけ軽い。B/AB/A は広い範囲で約 8 MeV8\,\mathrm{MeV} とほぼ一定で、これは核力が 飽和する ことの現れです。
  • 液滴模型に基づく 半経験的質量公式(体積・表面・クーロン・非対称・対の 5 項)は、クーロン項の係数 3/53/5 と非対称項の大きさ(フェルミ気体、すなわちパウリの排他律に従う粒子の集まりの運動エネルギーから約 11 MeV11\,\mathrm{MeV})を、第一原理的な計算で説明できます。
  • 質量公式から、与えた AA で最も安定な ZZ(β 安定線)が閉じた式で求まり、奇 AA では β 安定核がただ 1 つであることが示せます。
  • α 崩壊は、クーロン障壁のトンネル効果(壁を古典的には越えられないのに量子力学的にすり抜ける現象)として ガモフ因子 e−2Ge^{-2G} で定量化できます。QQ 値が 2 倍ほど違うだけで寿命が 102410^{24} 倍も変わる理由がこれです。
  • 殻模型は、調和振動子の縮退度 (N+1)(N+2)(N+1)(N+2) とスピン軌道力から、魔法数 2,8,20,28,50,82,1262,8,20,28,50,82,126 を導きます。γ 崩壊の選択則は角運動量の合成とパリティ(空間反転での符号)から、核反応のしきい値は系の不変質量から得られます。

原子の性質は、原子核を点電荷とみなし、その周りの電子の量子力学を解けばほとんど決まりました(水素原子)。ところが原子核そのものは、半径がおよそ 10−15 m10^{-15}\,\mathrm{m}(1 fm1\,\mathrm{fm} = 10−15 m10^{-15}\,\mathrm{m})、陽子どうしはクーロン力で反発し合うにもかかわらず、安定に存在します。陽子と中性子を束ねているのは、電磁気力よりはるかに強く、しかも到達距離が 1 fm1\,\mathrm{fm} 程度の 核力 です。核力の第一原理的な理論は量子色力学(この章の後の記事で扱います)に帰着しますが、核の質量・崩壊・反応の大半は、核力の詳細を知らなくても、次の 3 つの経験則と量子力学・相対論の基本事項だけで見通せます。

  1. 核の体積は AA に比例する(密度がほぼ一定)。
  2. 1 核子あたりの結合エネルギーはほぼ一定(核力の飽和)。
  3. 核子はフェルミ粒子で、パウリの排他律と角運動量の量子化が殻構造を作る。

このテーマ(原子核・素粒子物理)の見通し。 全 4 章は、物質をより小さな階層へ掘り下げる順に並んでいます。第 1 章(この記事)は原子核、すなわち陽子と中性子を構成要素とみなす階層です。第 2 章では陽子・中性子がさらにクォークからできていることを、保存則と対称性(アイソスピンと SU(3))から読み解きます。第 3 章では核の β 崩壊の背後にある弱い相互作用とニュートリノを扱い、第 4 章の標準模型でこれらを SU(3)×SU(2)×U(1) ゲージ理論として統一します。道具は量子力学(角運動量の合成、摂動論)と特殊相対論(4元運動量、不変質量)で、第 4 章では場の量子論(ゲージ理論と対称性の破れ)の結果を現象論の言葉に翻訳します。

この記事は、この 3 つから出発して、結合エネルギーの公式、安定性、崩壊、反応を、できるだけ証明つきで導きます。数値は 典型値 で、細かい係数は測定された質量へのフィットで決まるため、文献ごとに少しずつ異なります。ここでは本文で用いる 1 組を固定します。

2. 準備:質量欠損と結合エネルギー

Section titled “2. 準備:質量欠損と結合エネルギー”

以下、エネルギーと質量は c=1c=1 の単位ではなく、質量には c2c^2 を掛けた静止エネルギーで表します(MeV\mathrm{MeV})。長さは fm\mathrm{fm} で測り、

ℏc=197.327 MeV fm,e24πε0=αℏc=1.440 MeV fm,α=1137.036\hbar c = 197.327\ \mathrm{MeV\,fm},\qquad \frac{e^2}{4\pi\varepsilon_0}=\alpha\hbar c = 1.440\ \mathrm{MeV\,fm},\qquad \alpha=\frac{1}{137.036}

を使います。核子の静止エネルギーは mpc2=938.272 MeVm_pc^2=938.272\,\mathrm{MeV}、mnc2=939.565 MeVm_nc^2=939.565\,\mathrm{MeV}、電子は mec2=0.511 MeVm_ec^2=0.511\,\mathrm{MeV} です。

定義 2.1(結合エネルギー)↗

陽子数 ZZ、中性子数 NN、質量数 A=Z+NA=Z+N の原子核(原子の質量が M(Z,A)M(Z,A) のもの)に対して、結合エネルギーを

B(Z,A)=[ Z mH+N mn−M(Z,A) ]c2B(Z,A) = \bigl[\, Z\,m_{\mathrm H} + N\,m_n - M(Z,A) \,\bigr]c^2

と定義する。ここで mHm_{\mathrm H} は水素原子の質量、M(Z,A)M(Z,A) は中性原子の質量である。B/AB/A を 比結合エネルギーという。

原子質量を使うのは、実験で測られる量がそれだからです。電子の質量は ZZ 個ずつ両辺に入って打ち消し、電子の結合エネルギー(∼ ⁣keV\sim\!\mathrm{keV} 〜 MeV\mathrm{MeV} の桁だが核の BB よりはるかに小さい)だけが無視した近似になります。B>0B>0 は、核子をばらばらにするのにエネルギーが要る、つまり核が束縛状態であることを意味します。系の不変質量は構成要素の質量の和にならない(定理 6.2)[相対論的力学]ことの、最も劇的な実例が BB です。

例 2.2(いくつかの核の結合エネルギー)

4He^4\mathrm{He} では B=28.30 MeVB=28.30\,\mathrm{MeV}、B/A=7.07 MeVB/A=7.07\,\mathrm{MeV}。56Fe^{56}\mathrm{Fe} では B=492.3 MeVB=492.3\,\mathrm{MeV}、B/A=8.79 MeVB/A=8.79\,\mathrm{MeV}。238U^{238}\mathrm{U} では B/A=7.57 MeVB/A=7.57\,\mathrm{MeV} です。B/AB/A は A≈60A\approx 60 付近(鉄・ニッケル)で最大になり、それより軽い核は 融合 で、重い核は 分裂 でエネルギーを放出できます。これが恒星の燃焼と原子力の根拠です。

注意 2.3(飽和性が意味するもの)

核子間の引力が、距離によらずすべての対に働くなら、B∝A(A−1)/2∼A2B\propto A(A-1)/2\sim A^2 になるはずです。観測は B∝AB\propto A です。これは、各核子が ごく近傍の少数の核子としか相互作用しない(力の到達距離が短く、かつ斥力的な芯がある)ことを意味します。重力や静電気力のような長距離力とは対照的です。この「近傍としか結合しない」という描像は、水滴の分子間力と同じで、次の節の 液滴模型 の根拠になります。

3. 液滴模型と半経験的質量公式

Section titled “3. 液滴模型と半経験的質量公式”

核を、密度一定の非圧縮な液滴とみなします。半径は R=r0A1/3R=r_0A^{1/3}(r0≃1.2 fmr_0\simeq1.2\,\mathrm{fm})です。結合エネルギーを次の 5 項で近似します。

定義 3.1(半経験的質量公式(ベーテ・ヴァイツゼッカー))↗

B(Z,A)=aVA−aSA2/3−aC Z(Z−1)A1/3−aA (A−2Z)2A+δ(Z,A)B(Z,A) = a_V A - a_S A^{2/3} - a_C\,\frac{Z(Z-1)}{A^{1/3}} - a_A\,\frac{(A-2Z)^2}{A} + \delta(Z,A)

ここで δ=+aPA−1/2\delta=+a_P A^{-1/2}(Z,NZ,N がともに偶数)、−aPA−1/2-a_PA^{-1/2}(ともに奇数)、00(AA が奇数)である。本文では典型値 aV=15.8a_V=15.8、aS=18.3a_S=18.3、aC=0.714a_C=0.714、aA=23.2a_A=23.2、aP=12a_P=12(すべて MeV\mathrm{MeV})を用いる。

各項の意味は次のとおりです。

項物理A,ZA,Z 依存性の理由
体積項 aVAa_VA各核子が飽和した引力で結合するB∝AB\propto A(注意 2.3)
表面項 −aSA2/3-a_SA^{2/3}表面の核子は相手が少なく結合が弱い表面積 ∝R2∝A2/3\propto R^2\propto A^{2/3}
クーロン項陽子間の静電反発一様帯電球のエネルギー(下の命題)
非対称項N≠ZN\ne Z はフェルミ準位が高くなるフェルミ気体の運動エネルギー(下の命題)
対項 δ\delta同種核子が対をなすと結合が強い実験事実

クーロン項と非対称項は、半径と量子統計だけから係数がほぼ決まります。ここは計算で確かめます。クーロン項は、一様に帯電した球を少しずつ組み立てるときの仕事を足し合わせるだけで求まります。

命題 3.2(一様帯電球のクーロンエネルギー)✓

半径 RR の球内に電荷 QQ が一様に分布しているとき、静電エネルギーは

EC=35 Q24πε0RE_C = \frac{3}{5}\,\frac{Q^2}{4\pi\varepsilon_0 R}

である。核では Q=ZeQ=Ze、R=r0A1/3R=r_0A^{1/3} で、自己エネルギー(陽子が自分自身に及ぼす反発)を除くために Z2Z^2 を Z(Z−1)Z(Z-1) に直す。係数は aC=35e24πε0r0a_C=\dfrac{3}{5}\dfrac{e^2}{4\pi\varepsilon_0r_0} である。

証明(命題 3.2)

半径 rr の球殻(厚さ drdr)を、すでに組み上がった半径 rr の一様帯電球に外から持ってくる仕事を、rr を 00 から RR まで足し合わせる。電荷密度 ρ=Q/(43πR3)\rho=Q/(\tfrac43\pi R^3) は一定なので、半径 rr の球の電荷は q(r)=ρ⋅43πr3=Qr3/R3q(r)=\rho\cdot\tfrac43\pi r^3=Qr^3/R^3、厚さ drdr の殻の電荷は dq=ρ⋅4πr2dr=3Qr2dr/R3dq=\rho\cdot 4\pi r^2dr=3Qr^2dr/R^3 である。ガウスの法則により、半径 rr の球の外での電位は点電荷と同じ q(r)/(4πε0r)q(r)/(4\pi\varepsilon_0 r) なので、必要な仕事は

dE=q(r) dq4πε0r=14πε0⋅Qr3R3⋅3Qr2R3⋅drr=14πε0 3Q2R6 r4 drdE=\frac{q(r)\,dq}{4\pi\varepsilon_0 r}=\frac{1}{4\pi\varepsilon_0}\cdot\frac{Qr^3}{R^3}\cdot\frac{3Qr^2}{R^3}\cdot\frac{dr}{r}=\frac{1}{4\pi\varepsilon_0}\,\frac{3Q^2}{R^6}\,r^4\,dr

である。rr について 00 から RR まで積分すると 14πε03Q2R6R55=35Q24πε0R\dfrac{1}{4\pi\varepsilon_0}\dfrac{3Q^2}{R^6}\dfrac{R^5}{5}=\dfrac35\dfrac{Q^2}{4\pi\varepsilon_0R} を得る。ZZ 個の点状の陽子では、各陽子は自分以外の Z−1Z-1 個とだけ相互作用するから、Z2→Z(Z−1)Z^2\to Z(Z-1) とする。r0=1.2 fmr_0=1.2\,\mathrm{fm} を入れると aC=0.6×1.440/1.2=0.72 MeVa_C=0.6\times1.440/1.2=0.72\,\mathrm{MeV} で、典型値 0.7140.714 とよく合う。

次の命題のねらいは、陽子と中性子の数が違うと運動エネルギーが増える理由を、パウリの排他律だけで説明することです。陽子と中性子をそれぞれ箱の中の自由な粒子の集まりとみなして運動エネルギーの合計を書き、N=ZN=Z のまわりで (N−Z)/A(N-Z)/A について展開します。1 つの準位には同種の粒子を 2 個(スピン上向きと下向き)までしか入れられないので、片方だけ数が増えると高い準位まで埋めることになり、合計が増えます。

命題 3.3(非対称項:フェルミ気体の運動エネルギー)✓

核を、体積 V=43πr03AV=\tfrac43\pi r_0^3A に閉じ込められた、陽子と中性子の 2 種類の自由フェルミ気体とみなす(スピンの縮退度は各 2)。δI=(N−Z)/A\delta_{\mathrm I}=(N-Z)/A が小さいとき、全運動エネルギーは δI\delta_{\mathrm I} の 2 次まで

Ekin=35 A εF(1+59 δI2),εF=ℏ22m(9π8r03)2/3E_{\mathrm{kin}}=\frac35\,A\,\varepsilon_F\Bigl(1+\frac59\,\delta_{\mathrm I}^2\Bigr),\qquad \varepsilon_F=\frac{\hbar^2}{2m}\Bigl(\frac{9\pi}{8r_0^3}\Bigr)^{2/3}

であり、δI2\delta_{\mathrm I}^2 に比例する増加分は εF3(N−Z)2A\dfrac{\varepsilon_F}{3}\dfrac{(N-Z)^2}{A} である。

証明(命題 3.3)

温度 00 の自由フェルミ気体では、粒子数密度 nn とフェルミ波数の関係は n=kF3/(3π2)n=k_F^3/(3\pi^2)(スピン縮退度 2 を含む。絶対零度の自由フェルミ気体(命題 6.2)[量子統計])で、粒子 1 個あたりの平均運動エネルギーは 35 ℏ2kF2/2m\tfrac35\,\hbar^2k_F^2/2m である。中性子 NN 個に対して kn3=3π2N/Vk_n^3=3\pi^2N/V、陽子に対して kp3=3π2Z/Vk_p^3=3\pi^2Z/V だから、

Ekin=35⋅ℏ22m(3π2/V)2/3(N5/3+Z5/3).E_{\mathrm{kin}}=\frac35\cdot\frac{\hbar^2}{2m}\bigl(3\pi^2/V\bigr)^{2/3}\bigl(N^{5/3}+Z^{5/3}\bigr).

N=A2(1+δI)N=\tfrac A2(1+\delta_{\mathrm I})、Z=A2(1−δI)Z=\tfrac A2(1-\delta_{\mathrm I}) と置くと、N5/3+Z5/3=(A/2)5/3[(1+δI)5/3+(1−δI)5/3]N^{5/3}+Z^{5/3}=(A/2)^{5/3}\bigl[(1+\delta_{\mathrm I})^{5/3}+(1-\delta_{\mathrm I})^{5/3}\bigr] である。指数 pp について (1+x)p+(1−x)p=2+p(p−1)x2+O(x4)(1+x)^p+(1-x)^p=2+p(p-1)x^2+O(x^4) なので、p=5/3p=5/3 では 2+109δI2+O(δI4)=2(1+59δI2)+O(δI4)2+\tfrac{10}{9}\delta_{\mathrm I}^2+O(\delta_{\mathrm I}^4)=2\bigl(1+\tfrac59\delta_{\mathrm I}^2\bigr)+O(\delta_{\mathrm I}^4) となる。残りの係数は

35ℏ22m(3π2V)2/3⋅2(A2)5/3=35A ℏ22m(3π2A2V)2/3=35A εF\frac35\frac{\hbar^2}{2m}\Bigl(\frac{3\pi^2}{V}\Bigr)^{2/3}\cdot 2\Bigl(\frac A2\Bigr)^{5/3}=\frac35 A\,\frac{\hbar^2}{2m}\Bigl(\frac{3\pi^2A}{2V}\Bigr)^{2/3}=\frac35A\,\varepsilon_F

となる。最後の等号は V=43πr03AV=\tfrac43\pi r_0^3A から 3π2A/(2V)=9π/(8r03)3\pi^2A/(2V)=9\pi/(8r_0^3) となることによる。δI2\delta_{\mathrm I}^2 の項は 35AεF⋅59δI2=13εFAδI2=εF3 (N−Z)2/A\tfrac35A\varepsilon_F\cdot\tfrac59\delta_{\mathrm I}^2=\tfrac13\varepsilon_F A\delta_{\mathrm I}^2=\tfrac{\varepsilon_F}{3}\,(N-Z)^2/A である。

数値を入れてみます。r0=1.2 fmr_0=1.2\,\mathrm{fm}、核子の質量 m≃939 MeV/c2m\simeq939\,\mathrm{MeV}/c^2 とすると kF=(9π/8)1/3/r0=1.27 fm−1k_F=(9\pi/8)^{1/3}/r_0=1.27\,\mathrm{fm}^{-1}、εF=(ℏc kF)2/2mc2≈33 MeV\varepsilon_F=(\hbar c\,k_F)^2/2mc^2\approx33\,\mathrm{MeV} です(実験でも核子の εF≃33 MeV\varepsilon_F\simeq 33\,\mathrm{MeV} で、結合エネルギー約 8 MeV8\,\mathrm{MeV} を足すと核子ポテンシャルの深さ約 40 MeV40\,\mathrm{MeV} になる)。非対称項の運動エネルギー寄与は aAkin=εF/3≈11 MeVa_A^{\mathrm{kin}}=\varepsilon_F/3\approx11\,\mathrm{MeV} で、実験値 23 MeV23\,\mathrm{MeV} のほぼ半分です。残りは、陽子・中性子間の引力が同種核子間より強い(アイソスピン依存の)ポテンシャルエネルギーに由来します。つまり、フェルミ統計だけで非対称項の定性的な理由(N=ZN=Z が有利)と大きさの半分が説明できます。

例 3.4(56Fe^{56}\mathrm{Fe} の結合エネルギー)

Z=26Z=26、N=30N=30、A=56A=56 です。A1/3=3.826A^{1/3}=3.826、A2/3=14.63A^{2/3}=14.63 と、ZZ、NN ともに偶数で δ=+12/56=1.60\delta=+12/\sqrt{56}=1.60 を使うと

B=15.8×56−18.3×14.63−0.714×26×253.826−23.2×4256+1.60=884.8−267.8−121.3−6.6+1.6=490.7 MeVB=15.8\times56-18.3\times14.63-0.714\times\frac{26\times25}{3.826}-23.2\times\frac{4^2}{56}+1.60 =884.8-267.8-121.3-6.6+1.6=490.7\ \mathrm{MeV}

で、実測の 492.3 MeV492.3\,\mathrm{MeV} と 0.3%0.3\% の精度で合います。B/A=8.76 MeVB/A=8.76\,\mathrm{MeV} です。

0369050100150200250質量数 AB/A (MeV)A≈60(Fe, Ni 付近)← 融合で発熱分裂で発熱 →
質量公式から得られる比結合エネルギー(各 A で最も安定な Z)。A≈60 に最大があり、軽い核の側は融合、重い核の側は分裂で発熱する。A が小さいところ(4He など)では液滴模型は破綻する。

質量公式は、固定した AA で ZZ を動かしたとき、どの核が最も軽い(最も安定な)かを教えます。まず、崩壊のエネルギー収支を原子質量で書いておきます。なお、νe\nu_e と νˉe\bar\nu_e はニュートリノと反ニュートリノ(電荷をもたず、ほとんど物質と反応しない軽い粒子)、EC は電子捕獲(原子核が軌道電子を 1 個取り込み、陽子が中性子に変わる過程)を表します。

命題 4.1(β 崩壊の Q 値)✓

M(Z)M(Z) を質量数 AA を固定した原子質量とする。電子の結合エネルギーを無視すると、次が成り立つ。

β−: (Z,A)→(Z+1,A)+e−+νˉe,Qβ−=[M(Z)−M(Z+1)]c2,β+: (Z,A)→(Z−1,A)+e++νe,Qβ+=[M(Z)−M(Z−1)−2me]c2,EC: (Z,A)+e−→(Z−1,A)+νe,QEC=[M(Z)−M(Z−1)]c2.\begin{aligned} &\beta^-:\ (Z,A)\to(Z+1,A)+e^-+\bar\nu_e, &&Q_{\beta^-}=\bigl[M(Z)-M(Z+1)\bigr]c^2,\\ &\beta^+:\ (Z,A)\to(Z-1,A)+e^++\nu_e, &&Q_{\beta^+}=\bigl[M(Z)-M(Z-1)-2m_e\bigr]c^2,\\ &\mathrm{EC}:\ (Z,A)+e^-\to(Z-1,A)+\nu_e, &&Q_{\mathrm{EC}}=\bigl[M(Z)-M(Z-1)\bigr]c^2. \end{aligned}

崩壊が起こりうる(エネルギー的に許される)のは Q>0Q>0 のときである。

証明(命題 4.1)

核の質量 MN(Z)M_N(Z) と原子質量の関係は M(Z)=MN(Z)+ZmeM(Z)=M_N(Z)+Zm_e(電子の結合エネルギーを無視)である。β−\beta^- では、反応前後のエネルギー保存から Q=MN(Z)−MN(Z+1)−meQ=M_N(Z)-M_N(Z+1)-m_e(ニュートリノの質量は無視)で、MNM_N を原子質量に直すと [M(Z)−Zme]−[M(Z+1)−(Z+1)me]−me=M(Z)−M(Z+1)[M(Z)-Zm_e]-[M(Z+1)-(Z+1)m_e]-m_e=M(Z)-M(Z+1) となる。β+\beta^+ では Q=MN(Z)−MN(Z−1)−me=[M(Z)−Zme]−[M(Z−1)−(Z−1)me]−me=M(Z)−M(Z−1)−2meQ=M_N(Z)-M_N(Z-1)-m_e=[M(Z)-Zm_e]-[M(Z-1)-(Z-1)m_e]-m_e=M(Z)-M(Z-1)-2m_e となる。電子捕獲では、軌道電子 1 個が反応に加わるので Q=[MN(Z)+me]−MN(Z−1)=M(Z)−M(Z−1)Q=[M_N(Z)+m_e]-M_N(Z-1)=M(Z)-M(Z-1) である。

したがって、同じ AA の隣り合う ZZ で、M(Z)≤M(Z±1)M(Z)\le M(Z\pm1) が成り立つ核は、どの β 崩壊も(EC は β+\beta^+ より条件が緩いので EC も含め)許されず、β 安定です。質量公式を ZZ の関数として見ると、これは 2 次関数の最小値問題です。質量を ZZ の関数として描くと放物線になり、その頂点に最も近い整数の ZZ が安定な核になる、というのが次の定理の中身です。

定理 4.2(β 安定線)✓

質量数 AA を固定し、質量公式(定義 3.1)で δ=0\delta=0 とみなす(AA が奇数)。原子質量 M(Z,A)=ZmH+(A−Z)mn−B(Z,A)/c2M(Z,A)=Zm_{\mathrm H}+(A-Z)m_n-B(Z,A)/c^2 を ZZ の関数 f(Z)=M(Z,A)c2f(Z)=M(Z,A)c^2 と書くと、ff は ZZ の 2 次関数で、

Z0(A)=4aA+(mn−mH)c2+aCA−1/32aCA−1/3+8aA/AZ_0(A)=\frac{4a_A+(m_n-m_{\mathrm H})c^2+a_CA^{-1/3}}{2a_CA^{-1/3}+8a_A/A}

で最小になる。さらに f(Z)≤f(Z±1)f(Z)\le f(Z\pm1) となる整数 ZZ は ∣Z−Z0∣≤12|Z-Z_0|\le\tfrac12 を満たすものであり、Z0Z_0 が半整数でない限り ただ 1 つである。すなわち奇 AA の β 安定核は 1 つしかない。

証明(定理 4.2)

ZZ について整理する。−B-B のうち ZZ に依存する部分は +aCA−1/3(Z2−Z)+aA(A−4Z+4Z2/A)+a_CA^{-1/3}(Z^2-Z)+a_A(A-4Z+4Z^2/A) で、ZmH+(A−Z)mnZm_{\mathrm H}+(A-Z)m_n の ZZ 依存は (mH−mn)Z(m_{\mathrm H}-m_n)Z だから、f(Z)=c0+c1Z+c2Z2f(Z)=c_0+c_1Z+c_2Z^2 と書け、

c2=aCA−1/3+4aAA>0,c1=(mH−mn)c2−aCA−1/3−4aA.c_2=a_CA^{-1/3}+\frac{4a_A}{A}>0,\qquad c_1=(m_{\mathrm H}-m_n)c^2-a_CA^{-1/3}-4a_A.

c2>0c_2>0 より下に凸で、最小点は Z0=−c1/(2c2)Z_0=-c_1/(2c_2)、これが主張の式である。整数 ZZ に対し f(Z+1)−f(Z)=c1+c2(2Z+1)f(Z+1)-f(Z)=c_1+c_2(2Z+1)、f(Z)−f(Z−1)=c1+c2(2Z−1)f(Z)-f(Z-1)=c_1+c_2(2Z-1) だから、条件 f(Z)≤f(Z+1)f(Z)\le f(Z+1) と f(Z)≤f(Z−1)f(Z)\le f(Z-1) は

c1+c2(2Z+1)≥0かつc1+c2(2Z−1)≤0c_1+c_2(2Z+1)\ge0\quad\text{かつ}\quad c_1+c_2(2Z-1)\le0

と同値で、c2>0c_2>0 で割れば Z0−12≤Z≤Z0+12Z_0-\tfrac12\le Z\le Z_0+\tfrac12 を得る。長さ 11 の閉区間に含まれる整数は、端点が整数でない限りちょうど 1 つである。

例 4.3(Z0Z_0 の値と実在の安定核)

aA=23.2a_A=23.2、aC=0.714a_C=0.714、(mn−mH)c2=0.782 MeV(m_n-m_{\mathrm H})c^2=0.782\,\mathrm{MeV} を入れると、A=27A=27 で Z0=12.8Z_0=12.8(実在は 27Al^{27}\mathrm{Al}、Z=13Z=13)、A=197A=197 で Z0=78.9Z_0=78.9(197Au^{197}\mathrm{Au}、Z=79Z=79)、A=200A=200 で Z0=79.9Z_0=79.9(200Hg^{200}\mathrm{Hg}、Z=80Z=80)、A=56A=56 で Z0=25.4Z_0=25.4(56Fe^{56}\mathrm{Fe}、Z=26Z=26)です。軽い核では Z0≈A/2Z_0\approx A/2、重い核ほど Z0<A/2Z_0<A/2 になり、これはクーロン反発が中性子過剰を要求することの定量化です。ただし質量公式の誤差が ±1\pm1 単位程度あるので、Z0Z_0 が実在の安定核と 1 ずれる AA もあります。

偶 AA では対項 δ\delta が効きます。偶偶核(Z,NZ,N がともに偶数)は −δ=−aP/A-\delta=-a_P/\sqrt A だけ軽く、奇奇核は同じだけ重くなるので、f(Z)f(Z) は 2 本の放物線に分かれ、その間隔は 2aP/A2a_P/\sqrt A です。奇奇核は Z0Z_0 の近くでは隣の偶偶核より重く、両隣の偶偶核のどちらにも β 崩壊できます(Z0Z_0 から遠い軽い核では対エネルギーより放物線の傾きが勝つので、安定な奇奇核が 2H^2\mathrm{H}、6Li^6\mathrm{Li}、10B^{10}\mathrm B、14N^{14}\mathrm N の 4 つだけ存在します)。逆に、2 つの偶偶核が奇奇核をはさんで並ぶとき、その間の遷移は 2 段の崩壊(二重 β 崩壊)でしか行けず、両方が安定になりえます。A=36A=36 の 36S^{36}\mathrm{S} と 36Ar^{36}\mathrm{Ar} がその例です。

例 4.4(40K^{40}\mathrm{K}:両側に崩壊できる奇奇核)

A=40A=40 では Z0=18.5Z_0=18.5 です。偶偶核は 40Ar^{40}\mathrm{Ar}(Z=18Z=18)と 40Ca^{40}\mathrm{Ca}(Z=20Z=20)で、奇奇核 40K^{40}\mathrm{K}(Z=19Z=19)はそのあいだにあります。40K^{40}\mathrm{K} は両者より重いため、β−\beta^- で 40Ca^{40}\mathrm{Ca} へ(約 89%89\%)、電子捕獲/β+\beta^+ で 40Ar^{40}\mathrm{Ar} へ(約 11%11\%)崩壊します。半減期は 1.25×1091.25\times10^9 年と非常に長く、地球の岩石や人体中の放射能の主要な原因の一つです。

5. α 崩壊:クーロン障壁のトンネル効果

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α 崩壊 (Z,A)→(Z−2,A−4)+4He(Z,A)\to(Z-2,A-4)+{}^4\mathrm{He} の QQ 値は、定義(定義 2.1)から直ちに

Qα=B(Z−2,A−4)+B(4He)−B(Z,A)Q_\alpha=B(Z-2,A-4)+B(^4\mathrm{He})-B(Z,A)

と書けます(B(4He)=28.30 MeVB({}^4\mathrm{He})=28.30\,\mathrm{MeV})。実際、M=ZmH+Nmn−B/c2M=Zm_{\mathrm H}+Nm_n-B/c^2 を Q=[M(Z,A)−M(Z−2,A−4)−M(4He)]c2Q=[M(Z,A)-M(Z-2,A-4)-M({}^4\mathrm{He})]c^2 に代入すると、mHm_{\mathrm H} と mnm_n の項は互いに打ち消します。B/AB/A 曲線が A>150A>150 付近で AA とともに減るため、重い核では Qα>0Q_\alpha>0 になります。

命題 5.1(α 粒子の運動エネルギー)✓

静止した親核が娘核と α 粒子に分かれるとき、非相対論的近似で α 粒子の運動エネルギーは

Tα=Qα mdmd+mα≈Qα A−4AT_\alpha=Q_\alpha\,\frac{m_d}{m_d+m_\alpha}\approx Q_\alpha\,\frac{A-4}{A}

である(mdm_d は娘核の質量)。

証明(命題 5.1)

運動量保存より娘核と α 粒子の運動量は大きさ pp が等しい。運動エネルギーは Td=p2/2mdT_d=p^2/2m_d、Tα=p2/2mαT_\alpha=p^2/2m_\alpha で、Td+Tα=QαT_d+T_\alpha=Q_\alpha である。Td/Tα=mα/mdT_d/T_\alpha=m_\alpha/m_d だから Tα=Qα md/(md+mα)T_\alpha=Q_\alpha\,m_d/(m_d+m_\alpha) を得る。質量を質量数で近似すれば最後の式になる。

エネルギー的には許されるのに、238U^{238}\mathrm{U} の寿命は 10910^{9} 年、212Po^{212}\mathrm{Po} の寿命は 10−710^{-7} 秒と、QQ 値がせいぜい 2 倍違うだけで寿命が 102410^{24} 倍も変わります。ガモフ(1928)は、これを トンネル効果 として説明しました。

模型は次のとおりです。α 粒子は核内(r<Rr<R)に「できあがって」運動していて(頻度 ff で壁に衝突する)、外では娘核とのクーロン反発 V(r)=2Zdαℏc/rV(r)=2Z_d\alpha\hbar c/r を感じる。Zd=Z−2Z_d=Z-2 は娘核の電荷数。α 粒子のエネルギーは QQ(以下、Tα→QT_\alpha\to Q とし、換算質量 μ\mu を使う)で、V(b)=QV(b)=Q となる b=2Zdαℏc/Qb=2Z_d\alpha\hbar c/Q が古典的な転回点である。R<r<bR<r<b では古典的に禁止されている。

次の定理のねらいは、この障壁をすり抜ける確率を式で求めることです。障壁を細かい薄片に切り、各薄片を通り抜ける確率を掛け合わせると、指数の肩では足し算、すなわち積分になります。その積分は、置換 r=bcos⁡2θr=b\cos^2\theta で初等的に計算できます。

RbrエネルギーQ核の内部(α 粒子が運動)古典的に禁止(R<r<b)クーロン反発 2Z_d αħc / r
α 崩壊のクーロン障壁の模式図(縦軸はエネルギー、横軸は核の中心からの距離 r)。α 粒子のエネルギー Q の水平線が、r=R から転回点 r=b までの間で障壁の下にある。この区間が古典的に禁止される領域で、トンネル効果はここを通り抜ける。

定理 5.2(ガモフの透過率)✓

R<r<bR<r<b の障壁を、幅 drdr の薄い矩形障壁の積み重ねとみなし、各薄片の透過率を 厚い障壁の近似(系 4.4)[1次元の簡単な系] e−2κ(r) dre^{-2\kappa(r)\,dr}(ℏκ(r)=2μ(V(r)−Q)\hbar\kappa(r)=\sqrt{2\mu(V(r)-Q)})で評価すると、障壁全体の透過率は T=e−2GT=e^{-2G}、

G=∫Rbκ(r) dr=2μQℏ b[arccos⁡x−x(1−x)],x=RbG=\int_R^b\kappa(r)\,dr =\frac{\sqrt{2\mu Q}}{\hbar}\,b\Bigl[\arccos\sqrt{x}-\sqrt{x(1-x)}\Bigr],\qquad x=\frac Rb

である。ゾンマーフェルト・パラメータ η=2Zdαc/v\eta=2Z_d\alpha c/v(v=2Q/μv=\sqrt{2Q/\mu})を使うと 2μQ b/ℏ=2η\sqrt{2\mu Q}\,b/\hbar=2\eta で、x≪1x\ll1 のとき

2G=4η[arccos⁡x−x(1−x)]≃2πη−8ηx.2G=4\eta\bigl[\arccos\sqrt x-\sqrt{x(1-x)}\bigr]\simeq2\pi\eta-8\eta\sqrt{x}.

崩壊定数は λ≃f e−2G\lambda\simeq f\,e^{-2G}、f≃vin/2Rf\simeq v_{\mathrm{in}}/2R である。

証明(定理 5.2)

V(r)−Q=Q(b/r−1)V(r)-Q=Q(b/r-1) だから、κ(r)=2μQℏbr−1\kappa(r)=\dfrac{\sqrt{2\mu Q}}{\hbar}\sqrt{\dfrac br-1} である。積分 ∫Rbb/r−1 dr\int_R^b\sqrt{b/r-1}\,dr で r=bcos⁡2θr=b\cos^2\theta(θ\theta は θ0=arccos⁡R/b\theta_0=\arccos\sqrt{R/b} から 00 まで動く)と置換する。dr=−2bcos⁡θsin⁡θ dθdr=-2b\cos\theta\sin\theta\,d\theta、b/r−1=tan⁡θ\sqrt{b/r-1}=\tan\theta だから

∫Rbbr−1 dr=∫0θ0tan⁡θ⋅2bcos⁡θsin⁡θ dθ=2b∫0θ0sin⁡2θ dθ=b(θ0−sin⁡θ0cos⁡θ0).\int_R^b\sqrt{\frac br-1}\,dr=\int_0^{\theta_0}\tan\theta\cdot2b\cos\theta\sin\theta\,d\theta=2b\int_0^{\theta_0}\sin^2\theta\,d\theta=b\bigl(\theta_0-\sin\theta_0\cos\theta_0\bigr).

cos⁡θ0=x\cos\theta_0=\sqrt x、sin⁡θ0=1−x\sin\theta_0=\sqrt{1-x} を代入して第 1 式を得る。次に Q=μv2/2Q=\mu v^2/2 から 2μQ=μv\sqrt{2\mu Q}=\mu v、b=2Zdαℏc/Q=4Zdαℏc/(μv2)b=2Z_d\alpha\hbar c/Q=4Z_d\alpha\hbar c/(\mu v^2) だから 2μQ b/ℏ=4Zdαc/v=2η\sqrt{2\mu Q}\,b/\hbar=4Z_d\alpha c/v=2\eta となる。最後に x≪1x\ll1 では arccos⁡x=π/2−x+O(x3/2)\arccos\sqrt x=\pi/2-\sqrt x+O(x^{3/2})、x(1−x)=x+O(x3/2)\sqrt{x(1-x)}=\sqrt x+O(x^{3/2}) だから括弧の中は π/2−2x\pi/2-2\sqrt x で、2G≃4η(π/2−2x)=2πη−8ηx2G\simeq 4\eta(\pi/2-2\sqrt x)=2\pi\eta-8\eta\sqrt x である。

注意 5.3(模型の限界)

各薄片の透過率の積をとるのは WKB 近似の考え方で、障壁が緩やかに変わる(κ\kappa の変化が波長に比べて小さい)ことが条件です。また、核内で α 粒子が「できている確率」(先在確率)を 11 としており、実際には 10−110^{-1}〜10−210^{-2} の因子がかかります。したがって絶対値は桁で合えばよく、重要なのは QQ と ZdZ_d への指数的な依存性 です。

例 5.4(238U^{238}\mathrm{U} と 212Po^{212}\mathrm{Po})

238U→234Th^{238}\mathrm{U}\to{}^{234}\mathrm{Th}(Q=4.27 MeVQ=4.27\,\mathrm{MeV}、Zd=90Z_d=90)では、R=1.2 (41/3+2341/3)=9.3 fmR=1.2\,(4^{1/3}+234^{1/3})=9.3\,\mathrm{fm}、b=2×90×1.44/4.27=60.7 fmb=2\times90\times1.44/4.27=60.7\,\mathrm{fm}、v/c=0.0483v/c=0.0483、η=27.2\eta=27.2 です。2G=88.02G=88.0(e−2G=6×10−39e^{-2G}=6\times10^{-39})、f≈2×1021 s−1f\approx2\times10^{21}\,\mathrm{s^{-1}} とすると平均寿命は 10910^{9}〜101010^{10} 年(観測は 6.5×1096.5\times10^9 年)。212Po→208Pb^{212}\mathrm{Po}\to{}^{208}\mathrm{Pb}(Q=8.95 MeVQ=8.95\,\mathrm{MeV}、Zd=82Z_d=82)では 2G=32.32G=32.3、e−2G=9×10−15e^{-2G}=9\times10^{-15} で、λ≈107 s−1\lambda\approx10^{7}\,\mathrm{s^{-1}}(観測は約 2×106 s−12\times10^6\,\mathrm{s^{-1}})です。透過率の比は 102410^{24} で、観測された寿命の比(∼5×1023\sim5\times10^{23})と桁が一致します。

η∝Zd/Q\eta\propto Z_d/\sqrt Q なので、log⁡λ\log\lambda が Zd/QZ_d/\sqrt Q にほぼ比例して変わる、というのが ガイガー–ヌッタルの法則です。同じ e−2πηe^{-2\pi\eta} は、二つの原子核が互いのクーロン障壁をくぐって融合する確率にも現れます(第 8 節)。

陽子数または中性子数が 2,8,20,28,50,82,1262,8,20,28,50,82,126 のとき、核は特に安定で、第一励起エネルギーが高く、結合エネルギーが質量公式より大きくなります(これらを 魔法数という)。原子の希ガス(電子数 2,10,18,…2,10,18,\dots)と同じ殻構造が核にもあるのです。核力は短距離で強いのに、核子が平均場の中を独立に運動すると考えてよいのは、パウリ原理が核子どうしの衝突を妨げるからだと理解されています。

最初に、等方調和振動子ポテンシャル V=12mω2r2V=\tfrac12m\omega^2r^2 のエネルギー準位を調べます。1 次元調和振動子の固有値は (n+12)ℏω(n+\tfrac12)\hbar\omega(定理 5.3[1次元の簡単な系])で、3 次元では 3 つの方向に分離できるので E=(n1+n2+n3+32)ℏωE=(n_1+n_2+n_3+\tfrac32)\hbar\omega です。

次の命題のねらいは、この準位がどれだけ縮退していて、どの角運動量の状態を含むかを数えることです。縮退度は 3 つの整数の組の個数を数えれば分かります。証明の後半では、xx 方向と yy 方向の振動量子を「左回り」と「右回り」の組に取り替えると、角運動量の zz 成分が殻の番号 NN を超えないことが見える、という流れです。なお、パリティとは、空間反転 r→−r\boldsymbol r\to-\boldsymbol r のもとで波動関数が +1+1 倍になるか −1-1 倍になるかを表す符号です。

命題 6.1(3 次元調和振動子の殻)✓

N=n1+n2+n3N=n_1+n_2+n_3 で指定される殻のスピンを含む縮退度は (N+1)(N+2)(N+1)(N+2) であり、第 NN 殻までの累積は (N+1)(N+2)(N+3)3\dfrac{(N+1)(N+2)(N+3)}{3} である。したがって殻が閉じる核子数は 2,8,20,40,70,112,168,…2,8,20,40,70,112,168,\dots である。さらに第 NN 殻の軌道角運動量は l≤Nl\le N を満たし、l=Nl=N が現れる(パリティは (−1)N(-1)^N)。

証明(命題 6.1)

非負整数の組 (n1,n2,n3)(n_1,n_2,n_3) で和が NN のものの個数は、NN 個の玉と 2 本の仕切りの並べ方で (N+22)=12(N+1)(N+2)\binom{N+2}{2}=\tfrac12(N+1)(N+2) 通り、スピン 2 を掛けて (N+1)(N+2)(N+1)(N+2) を得る。累積 SN=∑k=0N(k+1)(k+2)S_N=\sum_{k=0}^N(k+1)(k+2) が (N+1)(N+2)(N+3)/3(N+1)(N+2)(N+3)/3 に等しいことを帰納法で示す。N=0N=0 で S0=2S_0=2 で一致する。SNS_N について成り立つとして、SN+1=(N+1)(N+2)(N+3)3+(N+2)(N+3)=(N+2)(N+3)(N+4)3S_{N+1}=\tfrac{(N+1)(N+2)(N+3)}{3}+(N+2)(N+3)=\tfrac{(N+2)(N+3)(N+4)}{3} となり、N+1N+1 でも成り立つ。パリティは、各 nin_i の固有関数が xi→−xix_i\to-x_i で (−1)ni(-1)^{n_i} なので全体で (−1)N(-1)^N である。

軌道角運動量について。円運動量子 a±=(ax∓iay)/2a_\pm=(a_x\mp ia_y)/\sqrt2 を導入すると、ax†ax+ay†ay=a+†a++a−†a−a_x^\dagger a_x+a_y^\dagger a_y=a_+^\dagger a_++a_-^\dagger a_-、Lz=ℏ(a+†a+−a−†a−)L_z=\hbar(a_+^\dagger a_+-a_-^\dagger a_-) と書ける(定義に代入して計算で確かめられる)。固有状態の N=N++N−+nzN=N_++N_-+n_z なので ∣Lz∣≤Nℏ|L_z|\le N\hbar である。エネルギー固有空間は L\boldsymbol L の各成分で不変(中心力場での保存量(命題 2.3)[水素原子])なので、角運動量 ll の多重項は Lz=lℏL_z=l\hbar の状態を含む。ゆえに l≤Nl\le N である。逆に N+=NN_+=N、他は 00 の状態 (a+†)N∣0⟩(a_+^\dagger)^N|0\rangle は Lz=NℏL_z=N\hbar をもつので l≥Nl\ge N、すなわち l=Nl=N の多重項が実際に現れる。

調和振動子の閉殻 2,8,202,8,20 は魔法数と一致しますが、40,70,…40,70,\dots は一致しません。ここで決定的なのが スピン軌道力 です。マイヤーとイェンセン(1949)は、核子が平均場の中で −C l⋅s-C\,\boldsymbol l\cdot\boldsymbol s(C>0C>0)の形の力を受けると仮定しました。原子の場合とは逆に、j=l+12j=l+\tfrac12 の方がエネルギーが低くなります。固有値は スピン軌道相互作用の固有値(系 6.5)[角運動量とスピン] から

⟨l⋅s⟩=12[j(j+1)−l(l+1)−34]={  l/2(j=l+12)−(l+1)/2(j=l−12)\langle\boldsymbol l\cdot\boldsymbol s\rangle=\tfrac12\bigl[j(j+1)-l(l+1)-\tfrac34\bigr]= \begin{cases}\ \ l/2 & (j=l+\tfrac12)\\ -(l+1)/2 & (j=l-\tfrac12)\end{cases}

で、二つの jj の準位の間隔は C(2l+1)/2C(2l+1)/2 と ll に比例して広がります。第 NN 殻の最大 l=Nl=N の軌道(j=N+12j=N+\tfrac12、縮退度 2j+1=2N+22j+1=2N+2)が最も強く下がり、N≥3N\ge3 では下の殻のほうへ「落ち込み」ます。つまり、ll が大きい軌道ほどスピン軌道力による下がり方が大きいので、各殻でいちばん ll の大きい軌道だけが一つ下の殻の仲間入りをし、閉殻の数が振動子の 40,70,112,…40,70,112,\dots から 50,82,12650,82,126 へずれる、というのが次の命題の筋書きです。

命題 6.2(魔法数の生成)✓

各核子が調和振動子とスピン軌道力の平均場の中を独立に運動し、N≥3N\ge 3 の各殻で、l=Nl=N、j=N+12j=N+\tfrac12 の軌道(以下「最上位軌道」)が自分の殻の他の軌道から離れて下の殻(N−1N-1)との間隙に降り、その間隙が閉殻をつくるとする。このとき、閉殻の核子数は

Cn=(n+1)(n+2)(n+3)3+2(n+2)(n=2,3,4,5)C_n=\frac{(n+1)(n+2)(n+3)}{3}+2(n+2)\qquad(n=2,3,4,5)

すなわち 28,50,82,12628,50,82,126 であり、n=0,1n=0,1 の振動子殻の閉殻 2,82,8 と、n=2n=2 の 2020 とあわせて 2,8,20,28,50,82,1262,8,20,28,50,82,126 を得る。

証明(命題 6.2)

第 n+1n+1 殻の最上位軌道は l=n+1l=n+1、j=n+32j=n+\tfrac32 で、縮退度は 2j+1=2n+4=2(n+2)2j+1=2n+4=2(n+2) である。これが第 nn 殻までの累積 命題 6.1 (n+1)(n+2)(n+3)/3(n+1)(n+2)(n+3)/3 に加わるので、CnC_n の式を得る。n=2,3,4,5n=2,3,4,5 を順に代入すると 20+8=2820+8=28、40+10=5040+10=50、70+12=8270+12=82、112+14=126112+14=126 である。

仮定は、ある閉殻の下に間隙が開くほどスピン軌道分裂が大きいということで、経験的に N≥3N\ge3 で成立しています。この模型の準位順は次のようになります(括弧内は縮退度、右は累積)。

準位縮退度累積
1s1/21s_{1/2}22
1p3/2, 1p1/21p_{3/2},\ 1p_{1/2}4, 28
1d5/2, 2s1/2, 1d3/21d_{5/2},\ 2s_{1/2},\ 1d_{3/2}6, 2, 420
1f7/21f_{7/2}828
2p3/2, 1f5/2, 2p1/2, 1g9/22p_{3/2},\ 1f_{5/2},\ 2p_{1/2},\ 1g_{9/2}4, 6, 2, 1050
1g7/2, 2d5/2, 2d3/2, 3s1/2, 1h11/21g_{7/2},\ 2d_{5/2},\ 2d_{3/2},\ 3s_{1/2},\ 1h_{11/2}8, 6, 4, 2, 1282
1h9/2, 2f7/2, 1i13/2, 3p3/2, 2f5/2, 3p1/21h_{9/2},\ 2f_{7/2},\ 1i_{13/2},\ 3p_{3/2},\ 2f_{5/2},\ 3p_{1/2}10, 8, 14, 4, 6, 2126

殻模型は、基底状態のスピンとパリティも予言します。

命題 6.3(閉じた jj 軌道と 1 粒子・1 空孔)✓

同種の核子で jj 軌道(2j+12j+1 個の状態)が完全に満たされた状態の全角運動量は 00 である。また、jj 軌道が満たされた状態から核子を 1 個取り除いた状態(1 空孔状態)の全角運動量は jj である。

証明(命題 6.3)

満たされた軌道では、パウリの排他律により、すべての m=−j,…,jm=-j,\dots,j が 1 個ずつ占有された状態がただ 1 つで、それ以外の状態は存在しない(スレーター行列式が唯一)。この状態の Jz=∑m=−jjmℏ=0J_z=\sum_{m=-j}^{j}m\hbar=0 である。角運動量 JJ の多重項があれば Jz=−J,…,JJ_z=-J,\dots,J の状態が同じ空間に別々に存在するが、空間の次元は 11 なので J=0J=0 である。1 空孔状態は、mm を抜いた状態として 2j+12j+1 通りで、Jz=−mℏJ_z=-m\hbar をもつから、JzJ_z は −jℏ,…,jℏ-j\hbar,\dots,j\hbar を一度ずつとり、空間は次元 2j+12j+1 で、JzJ_z の各値が一度ずつ現れる。これは J=jJ=j の多重項 1 個に限られる(J>jJ>j なら ∣Jz∣>jℏ|J_z|>j\hbar の状態が必要で、J<jJ<j なら Jz=±jℏJ_z=\pm j\hbar の状態が欠ける)。

したがって偶偶核の基底状態は(対をなして)0+0^+、奇 AA 核は最後の核子(または空孔)の jj とパリティ (−1)l(-1)^l をもつ、と予想されます。

例 6.4(基底状態のスピン・パリティ)

17O^{17}\mathrm{O}(陽子 8、中性子 9)は 16O^{16}\mathrm{O} の閉殻の外に中性子 1 個で、1d5/21d_{5/2} に入るので 5/2+5/2^+。15N^{15}\mathrm{N}(陽子 7)は 1p1/21p_{1/2} に 1 空孔なので 1/2−1/2^-。41Ca^{41}\mathrm{Ca} は 40Ca^{40}\mathrm{Ca} の外の中性子が 1f7/21f_{7/2} で 7/2−7/2^-。209Bi^{209}\mathrm{Bi}(陽子 83 = 82 + 1)は 1h9/21h_{9/2} で 9/2−9/2^-。いずれも実測と一致します。

励起した核は γ 線を放出して下の準位に落ちます。始状態 (Ji,πi)(J_i,\pi_i)、終状態 (Jf,πf)(J_f,\pi_f) とし、光子が全角運動量 LL(多重極度)を運び去るとします。電気型を ELL、磁気型を MLL と書き、たとえば E2 は L=2L=2 の電気型の放射のことです。次の定理が言うのは、光子が運び去る角運動量とパリティが、始状態と終状態の差とちょうど釣り合わなければならない、ということです。

定理 7.1(γ 崩壊の選択則)△

1 個の光子の放出で Ji→JfJ_i\to J_f の遷移が起こるとき、

  1. LL は整数で ∣Ji−Jf∣≤L≤Ji+Jf|J_i-J_f|\le L\le J_i+J_f、かつ L≥1L\ge1。
  2. 電気型(ELL)では πiπf=(−1)L\pi_i\pi_f=(-1)^L、磁気型(MLL)では πiπf=(−1)L+1\pi_i\pi_f=(-1)^{L+1}。

特に Ji=Jf=0J_i=J_f=0 の遷移は、光子 1 個では起こらない。

証明(定理 7.1)

(1) 全角運動量の保存により、終状態の核の角運動量 JfJ_f と光子の軌道+スピン角運動量 LL を合成して JiJ_i になる。合成則 角運動量の合成則(定理 6.2)[角運動量とスピン] は、JiJ_i が ∣Jf−L∣|J_f-L| から Jf+LJ_f+L までの値をとりうることを言うので、三角条件 ∣Ji−Jf∣≤L≤Ji+Jf|J_i-J_f|\le L\le J_i+J_f を得る。光子は質量ゼロでヘリシティ ±1\pm1 をもつ(ウィグナーの分類:質量ゼロ(定理 7.9)[ローレンツ群・ポアンカレ群と粒子の分類])ので、進行方向の角運動量成分が ±1\pm1 であり、全角運動量の大きさ LL は 11 以上でなければならない。ゆえに L=0L=0 の光子はなく、Ji=Jf=0J_i=J_f=0 の遷移では三角条件を満たす LL が 00 だけなので禁止される。

(2) 電気型の LL 重極放射を引き起こす演算子は、電荷分布の多重極モーメント ∑kqkrkLYLM(r^k)\sum_k q_k r_k^L Y_{LM}(\hat r_k) で、空間反転 r→−r\boldsymbol r\to-\boldsymbol r のもとで YLM→(−1)LYLMY_{LM}\to(-1)^LY_{LM} だから、パリティは (−1)L(-1)^L である。始状態と終状態の間のパリティの積がこれに一致しなければ行列要素は 00 になる。磁気型の LL 重極を引き起こす演算子は電流の軌道成分 r×j\boldsymbol r\times\boldsymbol j(軸性ベクトルで、空間反転で符号が変わらない)と ∇(rLYLM)\nabla(r^LY_{LM}) の積で表され、∇(rLYLM)\nabla(r^LY_{LM}) のパリティが (−1)L−1(-1)^{L-1} であるため、全体で (−1)L+1(-1)^{L+1} となる。

実際には、選択則を満たす最小の LL が最も速く起こります。遷移確率は 1 つ多重極度が上がるごとにおよそ (kR)2(kR)^2 倍になるからです(k=Eγ/ℏck=E_\gamma/\hbar c は光子の波数、RR は核半径)。たとえば Eγ=1 MeVE_\gamma=1\,\mathrm{MeV}、R=6 fmR=6\,\mathrm{fm} では kR≈0.03kR\approx0.03 で、(kR)2∼10−3(kR)^2\sim10^{-3} です。また、同じ LL では電気型が磁気型より速い傾向があります。

例 7.2(17O^{17}\mathrm{O} の第 1 励起状態)

17O^{17}\mathrm{O} の第 1 励起状態 1/2+1/2^+(励起エネルギー 0.871 MeV0.871\,\mathrm{MeV})から基底状態 5/2+5/2^+ への遷移では、∣5/2−1/2∣=2≤L≤3|5/2-1/2|=2\le L\le3 なので L=2,3L=2,3 です。パリティは変わらず πiπf=+1\pi_i\pi_f=+1 なので、L=2L=2 では E2((−1)2=+1(-1)^2=+1)、L=3L=3 では M3((−1)3+1=+1(-1)^{3+1}=+1)が許されます。低い方の E2 が支配的で、実際にこの遷移は E2 です。

反応 a+A→b+Ba+A\to b+B の Q 値を、質量の差

Q=(ma+mA−mb−mB)c2Q=(m_a+m_A-m_b-m_B)c^2

で定義します。Q>0Q>0 を発熱反応、Q<0Q<0 を吸熱反応といいます。

定理 8.1(吸熱反応のしきい値)✓

標的 AA が静止している実験室系で、入射粒子 aa の運動エネルギーが

Tth=−Q ma+mA+mb+mB2mAT_{\mathrm{th}}=-Q\,\frac{m_a+m_A+m_b+m_B}{2m_A}

以上でなければ、反応 a+A→b+Ba+A\to b+B は起こらない(Q<0Q<0 とし、質量は c2c^2 を掛けたエネルギー)。

証明(定理 8.1)

c=1c=1 とする。系の不変質量の 2 乗 s=(Etot)2−∣Ptot∣2s=(E_{\mathrm{tot}})^2-|\boldsymbol P_{\mathrm{tot}}|^2 は、不変質量(定理 6.2)[相対論的力学] として慣性系によらず、反応の前後で保存する。始状態を実験室系で見ると、全エネルギーは Ea+mAE_a+m_A、全運動量は pa\boldsymbol p_a なので

s=(Ea+mA)2−pa2=ma2+mA2+2EamAs=(E_a+m_A)^2-p_a^2=m_a^2+m_A^2+2E_am_A

である(Ea2−pa2=ma2E_a^2-p_a^2=m_a^2 を用いた)。終状態を重心系で見ると、生成粒子は静止していても全エネルギーが mb+mBm_b+m_B なので、少なくとも s≥(mb+mB)2s\ge(m_b+m_B)^2 でなければならない。しきい値はこの等号で、このとき生成粒子は重心系で静止する。したがって Ea=[(mb+mB)2−ma2−mA2]/(2mA)E_a=\bigl[(m_b+m_B)^2-m_a^2-m_A^2\bigr]/(2m_A)、Tth=Ea−ma=[(mb+mB)2−(ma+mA)2]/(2mA)T_{\mathrm{th}}=E_a-m_a=\bigl[(m_b+m_B)^2-(m_a+m_A)^2\bigr]/(2m_A) となる。因数分解して (mb+mB−ma−mA)(ma+mA+mb+mB)=−Q (質量の総和)(m_b+m_B-m_a-m_A)(m_a+m_A+m_b+m_B)=-Q\,(\text{質量の総和}) から主張を得る。

しきい値が −Q-Q そのものではなく、それより大きいのは、運動量保存のため、入射エネルギーの一部が重心の運動に残るからです。

例 8.2(ラザフォードの窒素の変換)

14N+α→17O+p^{14}\mathrm{N}+\alpha\to{}^{17}\mathrm{O}+p は Q=−1.19 MeVQ=-1.19\,\mathrm{MeV} の吸熱反応です。質量数で近似して Tth=1.19×4+14+17+12×14=1.53 MeVT_{\mathrm{th}}=1.19\times\dfrac{4+14+17+1}{2\times14}=1.53\,\mathrm{MeV} です。ラザフォード(1919)が用いた 214Po^{214}\mathrm{Po} の α 線(約 7.7 MeV7.7\,\mathrm{MeV})は、これを十分に超えています。

次に、重い核が 2 つの同じ大きさの破片に分かれる 核分裂 の発熱を、質量公式で評価します。

命題 8.3(対称核分裂の Q 値)✓

対項を無視し、非対称項は N/ZN/Z が保たれるので変化しないものとする。核 (Z,A)(Z,A) が (Z/2,A/2)(Z/2,A/2) の 2 個に分裂するとき、質量公式から

Q=aCZ2A1/3(1−2−2/3)−aSA2/3(21/3−1)Q=a_C\frac{Z^2}{A^{1/3}}\bigl(1-2^{-2/3}\bigr)-a_SA^{2/3}\bigl(2^{1/3}-1\bigr)

(Z(Z−1)→Z2Z(Z-1)\to Z^2 と近似)である。これが正になる条件は

Z2A>aSaC⋅21/3−11−2−2/3≈18.0.\frac{Z^2}{A}>\frac{a_S}{a_C}\cdot\frac{2^{1/3}-1}{1-2^{-2/3}}\approx18.0.
証明(命題 8.3)

Q=2B(Z/2,A/2)−B(Z,A)Q=2B(Z/2,A/2)-B(Z,A) である。体積項は AA に比例して不変。表面項は分裂前 −aSA2/3-a_SA^{2/3}、分裂後 −2aS(A/2)2/3=−21/3aSA2/3-2a_S(A/2)^{2/3}=-2^{1/3}a_SA^{2/3} で、分裂による変化は −aSA2/3(21/3−1)-a_SA^{2/3}(2^{1/3}-1)(結合が弱くなる)。クーロン項は分裂前 −aCZ2A−1/3-a_CZ^2A^{-1/3}、分裂後 −2aC(Z/2)2(A/2)−1/3=−2−2/3aCZ2A−1/3-2a_C(Z/2)^2(A/2)^{-1/3}=-2^{-2/3}a_CZ^2A^{-1/3} で、変化は +aCZ2A−1/3(1−2−2/3)+a_CZ^2A^{-1/3}(1-2^{-2/3})(反発が弱くなる)。両者の和が QQ である。Q>0Q>0 を Z2/AZ^2/A について整理すれば、A−1/3A^{-1/3} と A2/3A^{2/3} の比が AA だから Z2/A>(aS/aC)(21/3−1)/(1−2−2/3)Z^2/A>(a_S/a_C)(2^{1/3}-1)/(1-2^{-2/3}) で、aS/aC=25.6a_S/a_C=25.6 を入れると 25.6×0.2599/0.3701=18.025.6\times0.2599/0.3701=18.0 である。

例 8.4(ウランの分裂)

238U^{238}\mathrm{U}(Z2/A=35.6Z^2/A=35.6)では、クーロン項の利得が 0.714×922×238−1/3×0.370=361 MeV0.714\times92^2\times238^{-1/3}\times0.370=361\,\mathrm{MeV}、表面項の損失が 18.3×2382/3×0.260=183 MeV18.3\times238^{2/3}\times0.260=183\,\mathrm{MeV} で、Q≈178 MeVQ\approx178\,\mathrm{MeV} です。実際の分裂は非対称で破片の質量欠損が異なり、Q≃200 MeVQ\simeq200\,\mathrm{MeV} です。1 核子あたりでは 200/236≈0.85 MeV200/236\approx0.85\,\mathrm{MeV}、化学反応の ∼eV\sim\mathrm{eV} の 100 万倍です。これは、B/AB/A が A=236A=236 で約 7.67.6、A≈118A\approx118 で約 8.5 MeV8.5\,\mathrm{MeV} であることからも直ちに読み取れます。

Z2/A>18Z^2/A>18 でも分裂が自然には起こらないのは、分裂の途中で表面積が増えて、エネルギーの障壁が生まれるからです。ボーアとホイーラー(1939)は、液滴の小変形に対して表面エネルギーの増加が 25ε2ES\tfrac25\varepsilon^2E_S、クーロンエネルギーの減少が 15ε2EC\tfrac15\varepsilon^2E_C となることから、EC>2ESE_C>2E_S、すなわち Z2/A>2aS/aC≈51Z^2/A>2a_S/a_C\approx51 で障壁が消える(瞬時の自発核分裂)ことを示しました(この変形エネルギーの計算は参考文献を参照)。ウランの Z2/A≈36Z^2/A\approx36 は、この限界の手前にあります。235U^{235}\mathrm{U} は熱中性子を 1 個吸収すると、中性子の結合エネルギー(約 6.5 MeV6.5\,\mathrm{MeV})が障壁の高さ(約 6 MeV6\,\mathrm{MeV})を超える励起エネルギーを与えるので分裂します。238U^{238}\mathrm{U} では吸収で得る励起エネルギーが約 4.8 MeV4.8\,\mathrm{MeV} と障壁に届かず(236U^{236}\mathrm U は中性子数が偶数になって対エネルギーの分だけ余計に結合するのに対し、239U^{239}\mathrm U は奇数のため結合が弱い)、分裂させるには運動エネルギー 1 MeV1\,\mathrm{MeV} 以上の高速中性子が要ります。

重い核の分裂の逆の過程が、軽い核の 融合 です。d+t→α+n\mathrm d+\mathrm t\to\alpha+n の QQ は、B(d)=2.22B(\mathrm d)=2.22、B(t)=8.48B(\mathrm t)=8.48、B(α)=28.30 MeVB(\alpha)=28.30\,\mathrm{MeV} から Q=28.30−2.22−8.48=17.6 MeVQ=28.30-2.22-8.48=17.6\,\mathrm{MeV} です。ただし、2 つの原子核が近づくためには、クーロン障壁 ≈1.44 Z1Z2/[1.2(A11/3+A21/3)] MeV\approx1.44\,Z_1Z_2/[1.2(A_1^{1/3}+A_2^{1/3})]\,\mathrm{MeV}(d-t で約 0.44 MeV0.44\,\mathrm{MeV})を越えるかくぐる必要があり、くぐる確率は α 崩壊と同じ e−2πηe^{-2\pi\eta} に支配されます。恒星の中心温度(太陽で約 1.5×107 K1.5\times10^7\,\mathrm K、kT≈1.3 keVkT\approx1.3\,\mathrm{keV})では障壁よりはるかに低いエネルギーの粒子が主役で、核融合はトンネル効果なしには起こらないのです。

演習 9.1易

質量公式の Z0(A)Z_0(A)(定理 4.2)を A=27A=27 と A=197A=197 について計算し、実在の安定核 27Al^{27}\mathrm{Al}、197Au^{197}\mathrm{Au} と比べよ。aA=23.2a_A=23.2、aC=0.714a_C=0.714、(mn−mH)c2=0.782 MeV(m_n-m_{\mathrm H})c^2=0.782\,\mathrm{MeV} を用いてよい。

解答

A=27A=27: A−1/3=0.3333A^{-1/3}=0.3333。分子は 4×23.2+0.782+0.714×0.3333=92.8+0.782+0.238=93.824\times23.2+0.782+0.714\times0.3333=92.8+0.782+0.238=93.82、分母は 2×0.714×0.3333+8×23.2/27=0.476+6.874=7.3502\times0.714\times0.3333+8\times23.2/27=0.476+6.874=7.350 なので Z0=12.76Z_0=12.76。最も近い整数は 1313 で 27Al^{27}\mathrm{Al} と一致する。A=197A=197: A−1/3=0.1719A^{-1/3}=0.1719。分子は 92.8+0.782+0.123=93.7092.8+0.782+0.123=93.70、分母は 2×0.714×0.1719+185.6/197=0.2455+0.9421=1.18762\times0.714\times0.1719+185.6/197=0.2455+0.9421=1.1876 なので Z0=78.9Z_0=78.9。最も近い整数は 7979 で 197Au^{197}\mathrm{Au} と一致する。

演習 9.2標準

p+7Li→n+7Bep+{}^{7}\mathrm{Li}\to n+{}^{7}\mathrm{Be} は Q=−1.644 MeVQ=-1.644\,\mathrm{MeV} である。標的の 7Li^{7}\mathrm{Li} が静止している実験室系での陽子のしきい運動エネルギーを、質量数を質量とみなして求めよ。

解答

定理 8.1 より Tth=1.644×1+7+1+72×7=1.644×1614=1.879 MeVT_{\mathrm{th}}=1.644\times\dfrac{1+7+1+7}{2\times7}=1.644\times\dfrac{16}{14}=1.879\,\mathrm{MeV}。(実測のしきい値は約 1.88 MeV1.88\,\mathrm{MeV}。)

演習 9.3標準

α 崩壊で Zd=90Z_d=90 のまま QQ が 10%10\% 増えると、崩壊定数は何倍になるか。2πη2\pi\eta のみを使い(−8ηx-8\eta\sqrt x の補正と ff の変化は無視)、Q=4.27 MeVQ=4.27\,\mathrm{MeV} のときの値 2πη=1712\pi\eta=171 を用いて見積もれ。

解答

η∝1/v∝Q−1/2\eta\propto1/v\propto Q^{-1/2} だから、Q→1.1QQ\to1.1Q で 2πη→171×1.1−1/2=171×0.9535=163.02\pi\eta\to171\times1.1^{-1/2}=171\times0.9535=163.0。差は −7.95-7.95 で、e−2Ge^{-2G} は e7.95≈2.8×103e^{7.95}\approx2.8\times10^3 倍、したがって崩壊定数はおよそ 30003000 倍に増える。QQ のわずか 10%10\% の違いが寿命を 3 桁変えることがわかる。

演習 9.4標準

(a) 殻模型(第 6 節の準位順)で、39K^{39}\mathrm{K}(陽子 19)と 207Pb^{207}\mathrm{Pb}(中性子 125)の基底状態のスピン・パリティを予想せよ。(b) 励起状態 3/2−3/2^- から基底状態 1/2−1/2^- へ γ 崩壊するとき、許される LL と型を答えよ。

解答

(a) 39K^{39}\mathrm{K}: 陽子 20 が 1d3/21d_{3/2} まで閉じた殻から 1 個少ないので、1d3/21d_{3/2} の 1 空孔で 命題 6.3 により J=3/2J=3/2、l=2l=2 でパリティ ++、3/2+3/2^+。207Pb^{207}\mathrm{Pb}: 中性子 126 が閉殻で、125 個は 3p1/23p_{1/2} の 1 空孔なので 1/2−1/2^-。いずれも実測と一致する。 (b) ∣3/2−1/2∣=1≤L≤2|3/2-1/2|=1\le L\le2 で L=1,2L=1,2。パリティ変化なし(πiπf=+1\pi_i\pi_f=+1)より、E2((−1)2=+1(-1)^2=+1)と M1((−1)1+1=+1(-1)^{1+1}=+1)が許される。M1 の方が LL が低いので速いのが普通である(E2 との混合になる)。

  • Kenneth S. Krane, Introductory Nuclear Physics, Wiley, 1988 — 第 3 章(核の性質)、第 5 章(核モデル)、第 8 章(α 崩壊)、第 9 章(β 崩壊)、第 10 章(γ 崩壊)、第 11 章(核反応)。
  • Aage Bohr and Ben R. Mottelson, Nuclear Structure, Vol. I, Benjamin, 1969 — 液滴模型と殻構造。
  • Maria Goeppert Mayer and J. Hans D. Jensen, Elementary Theory of Nuclear Shell Structure, Wiley, 1955 — スピン軌道力と魔法数。
  • C. F. von Weizsäcker, “Zur Theorie der Kernmassen”, Z. Phys. 96 (1935), 431–458 — 質量公式。
  • G. Gamow, “Zur Quantentheorie des Atomkernes”, Z. Phys. 51 (1928), 204–212 — α 崩壊のトンネル効果。
  • N. Bohr and J. A. Wheeler, “The Mechanism of Nuclear Fission”, Phys. Rev. 56 (1939), 426–450 — 液滴模型による核分裂の障壁。

このテーマの 100 本ノック(50 問)

執筆: Claude Code(Sonnet 5.5)・監査 2 回(Claude Code)・最終 2026-10-12

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