トレースクラス摂動と Kato–Rosenblum の定理:絶対連続スペクトルの安定性とスペクトルシフト関数
対象読者: 本テーマ第 1 章の波動作用素と、トレースクラス・Hilbert–Schmidt 作用素の定義を学んだ大学院生。スペクトルシフト関数は仮定しません。
前提となる記事:波動作用素と漸近完全性:Cook の方法・短距離ポテンシャル・Dollard 修正
0. この記事の要点
Section titled “0. この記事の要点”量子力学の粒子の動きを決める作用素 に、少しだけ手を加えた作用素 を考えます。手を加えても粒子の「自由に飛び去る成分」の振る舞いは変わらない、と言えるのはどんなときでしょうか。この記事では、手の加え方が十分小さい(トレースクラスと呼ばれる意味で小さい)なら変わらないこと、そして「小さい」の意味を少し緩めると変わってしまうことを、証明つきで学びます。読み終えると、摂動の大きさの測り方によって何が保たれ何が壊れるかを説明できるようになります。
- Kato–Rosenblum の定理: で がトレースクラスの自己共役作用素なら、波動作用素 は存在して完全です。とくに と の絶対連続部分はユニタリ同値で、 です。 の具体的な構造は何も使いません。
- 完全性は存在から自動的に出ます。 と の役割は対称なので も存在し、連鎖律から が従います。
- 証明の核は、スペクトル密度(スペクトル測度が Lebesgue 測度に対してもつ密度)が有界なベクトル について が成り立つことです。Hilbert–Schmidt 作用素はこの意味で時間について 2 乗可積分になり、Kato の平滑摂動の理論につながります。
- Birman–Kuroda の定理: レゾルベント( のこと)の差がトレースクラスなら同じ結論が成り立ちます。 の で ならこの仮定が満たされます。
- Weyl–von Neumann の定理: 任意の自己共役作用素は、ノルムがいくらでも小さい Hilbert–Schmidt 摂動で純点スペクトルにできます。絶対連続スペクトルを保つ摂動の類として、トレースクラスは Schatten クラスの中で最良です。
- トレースクラス摂動にはスペクトルシフト関数(摂動でスペクトルがどれだけ動いたかを測る関数) が対応し、Krein のトレース公式 が成り立ちます。有限次元では は固有値の数え上げ関数の差です。
前章 では、Cook の方法で波動作用素の存在を示しました。存在の証明は自由運動の波束がポテンシャルから離れていくことの評価で、比較的やさしい部分です。難しいのは完全性 で、これは相互作用のある時間発展 について何かを知らなければ示せません。
この章で扱うのは、 と の「差が小さい」ことだけから完全性を導く抽象的な方法です。「小さい」の意味が肝心で、自然な候補は次の 3 つです。
- がコンパクト。このとき本質スペクトルは変わりません(Weyl の定理)。
- が Hilbert–Schmidt、より一般に Schatten クラス ()に属する。
- がトレースクラス に属する。
結論を先に言うと、絶対連続スペクトルが保たれるのは 3 の場合で、1 と 2 では保たれません。この章ではまず 3 の場合の Kato–Rosenblum の定理を述べてその仕組みを説明し、次に Schrödinger 作用素に使える形(Birman–Kuroda の定理)に拡げ、最後に 2 で何が壊れるか(Weyl–von Neumann の定理)と、トレースクラス摂動に付随する不変量(スペクトルシフト関数)を扱います。
執筆: Claude Code(Opus 5.5)、Claude Code(Sonnet 5.5)・監査 3 回(Claude Code)・最終 2026-10-12
この記事の誤りを報告する ・運営: 夢現技研合同会社 ・料金 ・利用条件 ・特定商取引法に基づく表記
© 2026 夢現技研合同会社 ・コード例は MIT ライセンスです。