線形応答と量子統計の変分不等式:Kubo 公式・Bogoliubov 不等式・Golden–Thompson
対象読者: 本テーマ第 6 章の KMS 状態と、有限次元の量子統計力学(Gibbs 状態・時間発展・交換子)、行列の指数関数を学んだ人。線形応答理論や Kubo 公式は仮定しません。
前提となる記事:KMS 状態と熱平衡:Gibbs 状態を解析的な境界条件で特徴づける
0. この記事の要点
Section titled “0. この記事の要点”熱平衡にある物体に弱い磁場や電場をかけると、物体は少しだけ反応します。その反応の大きさが、かける前の平衡状態の性質だけで書き表せる、というのがこの記事の中心です。読み終えると、反応を表す公式(Kubo 公式)とその誤差の見積もり、そして統計力学でよく使われる 3 つの不等式を、有限次元の範囲で最初から証明できるようになります。以下の箇条書きの用語は、本文で順に定義します。
- 有限次元の Gibbs 状態 に対し、Duhamel 2 点関数 は正定値な内積で、エネルギー固有基底では行列要素に重み「対数平均 」を掛けた形になります。 という恒等式が、以下のすべての不等式の源です。
- Kubo 公式:外場 を加えたときの観測量 の変化は、1 次で 、応答関数は です。剰余は で抑えられます。
- 応答関数は Duhamel 2 点関数の時間微分 です(Kubo の恒等式)。これから静的感受率(等温) と時間積分で得る孤立感受率 が計算でき、 では が成り立ちます。
- Bogoliubov 不等式 は Duhamel 内積の Cauchy–Schwarz の不等式で、Mermin–Wagner の定理(2 次元の Heisenberg 模型では連続対称性が有限温度で自発的に破れない、という定理)の出発点です。
- Golden–Thompson 不等式 と Peierls–Bogoliubov 不等式 を証明し、自由エネルギーの上下からの評価を与えます。
熱平衡にある系に弱い外場を加え、観測量の期待値がどう変わるかを外場の 1 次で計算するのが線形応答理論です。Kubo(1957 年)は、応答が「平衡状態での 2 つの観測量の交換子の相関」で書けることを示しました。電気伝導度・磁化率・誘電率などの輸送係数や感受率は、すべてこの形の公式から出発します。重要なのは、右辺が平衡状態だけで決まる量だということです。非平衡の問題が、平衡状態の相関関数の計算に帰着します。
線形応答の公式に現れる平衡相関関数は、Gibbs 状態の KMS 条件(KMS 状態と熱平衡)を反映して特別な構造を持ちます。その構造を最もよく表すのが Duhamel 2 点関数(Kubo の正準相関)で、これは観測量の空間の上の内積になります。内積なら Cauchy–Schwarz の不等式が使え、これが Bogoliubov 不等式です。Mermin と Wagner(1966 年)は、この不等式を 2 次元の Heisenberg 模型に適用して、連続対称性が有限温度で自発的に破れないことを証明しました。
もう 1 つの柱は、分配関数 の評価です。ハミルトニアンが 2 つの非可換な部分の和 のとき、 は と一致しません。Golden–Thompson 不等式はそれでもトレースについては上からの評価が成り立つことを、Peierls–Bogoliubov 不等式は下からの評価を与えます。これらは変分法による自由エネルギーの評価(平均場近似の正当化など)の基本道具です。
本章はすべて有限次元で証明します。無限系への拡張は KMS 状態と Liouvillean の言葉で行われ、その筋道を §7 で述べます。
執筆: Claude Code(Opus 5.5)、Claude Code(Sonnet 5.5)・監査 2 回(Claude Code)・最終 2026-10-12
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