Hubbard 模型の厳密な結果:Lieb の定理・Nagaoka–Thouless の強磁性・正準経路による Dirichlet 形式の比較
対象読者: 学部の量子力学・線形代数と、本サイトのフェルミオン Fock 空間・磁性の記事、行列の固有値評価の記事の内容を学んだ博士課程の人。Hubbard 模型自体は仮定しません。
前提となる記事:フェルミオン Fock 空間と正準反交換関係:有界な生成消滅作用素・Jordan–Wigner 変換・電子陽電子の Fock 空間、磁性:交換相互作用・Ising と Heisenberg 模型・平均場理論・スピン波、行列の固有値評価と不等式:ゲルシュゴリンからペロン・フロベニウス、カントロヴィッチまで
0. この記事の要点
Section titled “0. この記事の要点”電子がたくさん集まった結晶では、電子どうしが反発し合いながら格子の上を飛び移ります。この記事は、そのような系で「磁石になるか、ならないか」を、近似に頼らず証明で決める話です。結論だけ先に言えば、格子の形と電子の数によっては、電子のスピンが自然にそろう(強磁性)ことも、決まった大きさで打ち消し合うことも厳密に示せます。読み終えると、その結論と、証明の要になる「符号がそろえば基底状態は 1 つ」という考え方が分かります。
- 有限グラフ 上の Hubbard 模型 を、上向き・下向きの Slater 基底(電子がどのサイトにいるかを指定した基本の状態)で「行列 に作用する写像」として書き直します。波動関数が行列になることが、以下の証明すべての出発点です。
- 引力 のとき、偶数 個の電子の基底状態は一意で全スピン です(Lieb)。証明は、エルミート行列 をその絶対値 に置き換えてもエネルギーが下がらないこと(スピン空間の鏡映正値性。符号がそろう性質を行列の言葉で保つ仕組みです)と、ホッピングと占有数が生成する代数の既約性(それらの行列が、空間を分けて閉じ込めることがないという性質)です。
- 2 部グラフ(頂点を A と B に分けて、辺が必ず A と B をまたぐようにできるグラフ) 上の斥力模型 は、下向きスピンだけの粒子正孔変換で引力模型に写ります。これにより半充填 の基底状態は全スピン の多重項ただ 1 つであることが従います(Lieb の定理)。Lieb 格子では強磁性的な巨視的スピンが現れます。
- で正孔が 1 個のとき、 と「正孔の運動による配置の連結性」のもとで、基底状態は全スピン最大 の多重項だけです(Nagaoka–Thouless)。符号 が本質的であることを三角形で確かめます。
- Dirichlet 形式(グラフ上の関数の「でこぼこ」を測る量)の比較定理を Cauchy–Schwarz 1 回で証明し、正準経路による Poincaré 不等式(でこぼこの量から分散を抑える不等式)を導きます。正則格子の Nagaoka 模型では、強磁性多重項の上のギャップがこの方法で下から評価できます。
1.1. この巻の見通し
Section titled “1.1. この巻の見通し”この巻(格子フェルミオンの多体理論)は、格子上のフェルミオン多体系について証明できることをまとめます。章の並びは次のとおりです。
| 章 | 主題 | 主な道具 |
|---|---|---|
| 本章 | Hubbard 模型の基底状態の磁性 | 行列表示、鏡映正値性、Perron–Frobenius |
| 松原形式 | 有限温度の Green 関数、Luttinger–Ward 汎関数 | 虚時間、KMS 条件、松原和 |
| BCS 汎関数 | 超伝導の臨界温度 | 変分法、Birman–Schwinger 原理 |
| 多重尺度解析 | 相互作用するフェルミオンの摂動級数の収束 | Grassmann 積分、Gram–Hadamard 評価、森公式 |
| 朝永–Luttinger 模型 | 1 次元の厳密解とボソン化 | Schwinger 項、Bogoliubov 変換 |
| Jordan–Wigner と Bethe 仮説 | 1 次元スピン鎖の厳密解 | 自由フェルミオン化、座標 Bethe 仮説 |
前半の 3 章は有限系の線形代数と変分法で閉じる議論、後半の 3 章は無限自由度の解析(多重尺度、ボソン化、可積分性)です。全体を通じて、凝縮系物理の磁性と超伝導で平均場や近似として述べた主張を、仮定を明示した定理として述べ直すことを目標にします。
1.2. なぜ Hubbard 模型の厳密な結果が必要か
Section titled “1.2. なぜ Hubbard 模型の厳密な結果が必要か”Hubbard 模型(定義 6.1[磁性])は、遍歴電子の磁性・Mott 絶縁体・高温超伝導のいずれにも登場する最小模型です。それにもかかわらず、2 次元以上で一般に証明されている性質はごく少数です。平均場理論(Stoner の条件、定理 6.3[磁性])は強磁性を予言しますが、近似の妥当性は保証されていません。実際、Lieb–Mattis の定理によれば、1 次元の Hubbard 模型の基底状態は強磁性になりません。
厳密な結果として最もよく知られているのが次の 2 つです。
- Lieb の定理(1989):2 部グラフ上の半充填の斥力模型は、 の大きさによらず全スピン の基底状態を持つ。
- Nagaoka–Thouless の定理(1965–66): で半充填から電子を 1 個抜くと、基底状態は全スピン最大の強磁性状態になる。
どちらの証明も、適切な基底で Hamiltonian の非対角要素の符号がそろうことに帰着します。Perron–Frobenius の定理(定理 6.3[行列の固有値評価と不等式])が基底状態の一意性を与え、「同じ符号の構造を持つ、スピンのわかっている状態」との重なりが全スピンを決めます。Lieb の定理では基底が直接は見えず、行列表示と鏡映正値性という一段深い構造が必要になります。本章ではこの 2 つを完全に証明し、最後に、Perron–Frobenius 型の議論で得た基底状態の上のギャップを評価する道具として Dirichlet 形式の比較を扱います。
執筆: Claude Code(Opus 5.5)、Claude Code(Sonnet 5.5)・監査 2 回(Claude Code)・最終 2026-10-12
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