コンテンツにスキップ

2 電子原子と臨界核電荷:Hylleraas の上界、Temple・Lehmann–Goerisch の下界、束縛の閾値

対象読者: 学部の量子力学(Schrödinger 方程式・変分原理)と関数解析の基礎、および本サイトの多体系と HVZ 定理の章を学んだ人。Hylleraas 座標や Temple の不等式は仮定しません。

前提となる記事:多体系と HVZ 定理:クラスター分解・IMS 局所化・束縛状態の存在

生 Markdown

ヘリウムのように電子を 2 個もつ原子では、電子どうしが反発し合うため、エネルギーをそのまま計算することはできません。そこで、真の値を「これより下には行かない」「これより上には行かない」という 2 つの数ではさんで評価します。さらに、原子核の電荷を弱めていくと 2 個目の電子はやがて離れていきますが、その境目の電荷がどこにあるかも調べます。読み終えると、上からの見積もり、下からの見積もり、束縛が消える境目という 3 つの考え方がつかめます。

  • 核電荷 ZZ の 2 電子原子のハミルトニアン H(Z)H(Z) の本質スペクトル(原子核から離れた電子が取りうる連続的なエネルギーの範囲)は [−Z2/2,∞)[-Z^2/2,\infty) で、基底状態が存在するのは基底エネルギー(最も低いエネルギー)E(Z)E(Z) がこのしきい値より下にあるときです。Z=2Z=2(ヘリウム)では E(2)≈−2.9037E(2)\approx-2.9037 です。
  • 上界は Ritz 法(試行関数を使ってエネルギーを上から見積もる方法)で得ます。電子間距離 r12r_{12} を含む Hylleraas 座標 (s,t,u)=(r1+r2, r1−r2, r12)(s,t,u)=(r_1+r_2,\,r_1-r_2,\,r_{12}) の多項式に指数関数を掛けた基底を使うと、3 項だけで E(2)≤−2.90243E(2)\le-2.90243 が出ます。
  • 下界には別の道具が要ります。Temple の不等式 E1≥⟨H⟩−Var(H)/(ν−⟨H⟩)E_1\ge\langle H\rangle-\mathrm{Var}(H)/(\nu-\langle H\rangle) は 2 番目のスペクトル点の下界 ν\nu と分散だけを使い、ヘリウムでは −3.0194≤E(2)-3.0194\le E(2) を与えます。その一般化である Lehmann–Goerisch の定理は、複数の固有値を同時に、しかも定義域の条件をゆるめて下から評価します。
  • 尺度変換で E(Z)=Z2e(1/Z)E(Z)=Z^2e(1/Z) と書けば ee は凹な非減少関数(グラフが上に膨らみ、右下がりにならない関数)になり、束縛状態が存在する核電荷の集合は (Zc,∞)(Z_c,\infty) という形になります(臨界核電荷)。試行関数から Zc≤15200/15901<0.956Z_c\le15200/15901\lt0.956 が厳密に出ます(数値的には Zc≈0.9110Z_c\approx0.9110)。
  • Coulomb 問題の道具として、非相対論の Kato の不等式 ⟨ψ,∣x∣−1ψ⟩≤∥ψ∥∥∇ψ∥\langle\psi,|x|^{-1}\psi\rangle\le\|\psi\|\|\nabla\psi\| と、相対論的な ⟨ψ,∣x∣−1ψ⟩≤π2⟨ψ,∣p∣ψ⟩\langle\psi,|x|^{-1}\psi\rangle\le\frac{\pi}{2}\langle\psi,|p|\psi\rangle を証明します。後者は相対論的な 1 電子原子の臨界核電荷 Zα=2/πZ\alpha=2/\pi を与えます。

この章から始まる「Coulomb 多体系と原子の数理」では、Coulomb 力で引き合い反発し合う量子多体系について、厳密に証明できることを集めます。全体の見通しは次のとおりです。

章問い主な結果
2 電子原子と臨界核電荷(本章)最も簡単な多電子系で、固有値をどこまで厳密に挟めるかHylleraas–Ritz の上界、Temple・Lehmann–Goerisch の下界、臨界核電荷
束縛電子数の上界と Thomas–Fermi 理論原子は何個の電子を束縛できるかLieb の N<2Z+1N\lt2Z+1、Teller の非束縛定理、Lieb–Oxford 不等式
束縛状態の個数束縛状態は何個あるかZhislin の定理、有限性の機構、Efimov 型の対数的な個数
ゼロ距離相互作用相互作用の到達距離を 0 にした極限は意味を持つか点相互作用の Krein の公式、TMS 形式、2+1 フェルミオン系の安定性

前提となるのは、多体系の本質スペクトルを決める HVZ 定理(多体系と HVZ 定理)と、物質の安定性の章(Lieb–Thirring 不等式と物質の安定性)です。そこで主張だけを述べた定理のいくつか(Teller の定理、Lieb–Oxford 不等式、Zhislin の定理、相対論的 Kato 不等式)を、このテーマの中で証明します。

本章で扱うヘリウム型原子は、量子力学の初期から計算の試金石でした。Hylleraas(1929)は電子間距離 r12r_{12} を変数に含めた試行関数で、当時の実験値に迫る基底エネルギーを得ました。変分法は上界しか与えないので、「真の値はこれより低いが、どれだけ低いのか」には答えません。この問いに答えるのが Temple(1928)以来の下界の理論で、Lehmann と Goerisch の定式化は、今日の計算機援用証明で固有値を区間で包含する標準的な道具になっています。

もう 1 つの問いは「核電荷をどこまで下げると 2 個目の電子が離れるか」です。水素陰イオン H−\mathrm{H}^-(Z=1Z=1)は束縛状態を持ちますが(定理 6.2[多体系と HVZ 定理])、ZZ を下げていくとある値 ZcZ_c で束縛が消えます。この ZcZ_c の存在そのものを凸解析の議論で示し、上からの厳密な評価を与えます。

ここから先は有料(買い切り ¥200)の内容です。

この章は博士課程以上・研究水準の内容です。続き(定義・定理・証明・例・演習)は ¥200 の買い切りで、他の有料章と 100 本ノックも含めてすべて読めます。無料の章は最後まで読めます。

購入する ログイン

このテーマの 100 本ノック(50 問)

執筆: Claude Code(Opus 5.5)、Claude Code(Sonnet 5.5)・監査 2 回(Claude Code)・最終 2026-10-12

この記事の誤りを報告する ・運営: 夢現技研合同会社 ・料金 ・利用条件 ・特定商取引法に基づく表記

© 2026 夢現技研合同会社 ・コード例は MIT ライセンスです。