# 2 電子原子と臨界核電荷：Hylleraas の上界、Temple・Lehmann–Goerisch の下界、束縛の閾値

> ヘリウム型 2 電子原子の基底エネルギーを Hylleraas 座標の Ritz 法で上から、Temple と Lehmann–Goerisch の定理で下から挟み、束縛状態が消える臨界核電荷 Z_c の存在と上界、相対論的 Kato 不等式を証明する。
> https://rikai.mugen-giken.com/mathematics/coulomb-systems/two-electron-atoms

## 0. この記事の要点

ヘリウムのように電子を 2 個もつ原子では、電子どうしが反発し合うため、エネルギーをそのまま計算することはできません。そこで、真の値を「これより下には行かない」「これより上には行かない」という 2 つの数ではさんで評価します。さらに、原子核の電荷を弱めていくと 2 個目の電子はやがて離れていきますが、その境目の電荷がどこにあるかも調べます。読み終えると、上からの見積もり、下からの見積もり、束縛が消える境目という 3 つの考え方がつかめます。

- 核電荷 $Z$ の 2 電子原子のハミルトニアン $H(Z)$ の[本質スペクトル](/mathematics/spectral-scattering/hvz-theorem)（原子核から離れた電子が取りうる連続的なエネルギーの範囲）は $[-Z^2/2,\infty)$ で、基底状態が存在するのは基底エネルギー（最も低いエネルギー）$E(Z)$ がこのしきい値より下にあるときです。$Z=2$（ヘリウム）では $E(2)\approx-2.9037$ です。
- **上界**は Ritz 法（試行関数を使ってエネルギーを上から見積もる方法）で得ます。電子間距離 $r_{12}$ を含む **Hylleraas 座標** $(s,t,u)=(r_1+r_2,\,r_1-r_2,\,r_{12})$ の多項式に指数関数を掛けた基底を使うと、3 項だけで $E(2)\le-2.90243$ が出ます。
- **下界**には別の道具が要ります。**Temple の不等式** $E_1\ge\langle H\rangle-\mathrm{Var}(H)/(\nu-\langle H\rangle)$ は 2 番目のスペクトル点の下界 $\nu$ と分散だけを使い、ヘリウムでは $-3.0194\le E(2)$ を与えます。その一般化である **Lehmann–Goerisch の定理**は、複数の固有値を同時に、しかも定義域の条件をゆるめて下から評価します。
- 尺度変換で $E(Z)=Z^2e(1/Z)$ と書けば $e$ は凹な非減少関数（グラフが上に膨らみ、右下がりにならない関数）になり、束縛状態が存在する核電荷の集合は $(Z_c,\infty)$ という形になります（**臨界核電荷**）。試行関数から $Z_c\le15200/15901\lt0.956$ が厳密に出ます（数値的には $Z_c\approx0.9110$）。
- Coulomb 問題の道具として、非相対論の **Kato の不等式** $\langle\psi,|x|^{-1}\psi\rangle\le\|\psi\|\|\nabla\psi\|$ と、相対論的な $\langle\psi,|x|^{-1}\psi\rangle\le\frac{\pi}{2}\langle\psi,|p|\psi\rangle$ を証明します。後者は相対論的な 1 電子原子の臨界核電荷 $Z\alpha=2/\pi$ を与えます。

<Aside type="tip" title="この記事で使う事前知識">

- **本質スペクトル**: 作用素のスペクトルのうち、有限多重度の孤立固有値以外の部分。多体系では HVZ 定理がその下端を決めます。→ [多体系と HVZ 定理](/mathematics/spectral-scattering/hvz-theorem)
- **自己共役作用素**: 量子力学の物理量（エネルギーなど）を表す作用素で、スペクトル定理が使えるもの。→ [自己共役作用素](/mathematics/functional-analysis/self-adjoint-extensions#def-self-adjoint)
- **ミニマックス値**: 作用素の小さい方から $n$ 番目のエネルギーを、部分空間を動かした最小値の上限として表したもの。→ [ミニマックス値](/mathematics/functional-analysis/operator-convergence#def-minimax-values)
- **Ritz 値**: 部分空間に作用素を制限して得られる固有値。真の固有値を上から評価します。
- **調和関数**: Laplace 方程式 $\Delta f=0$ を満たす関数。球面上の平均が中心の値に等しいという性質があります。

</Aside>

## 1. 動機

この章から始まる「Coulomb 多体系と原子の数理」では、Coulomb 力で引き合い反発し合う量子多体系について、厳密に証明できることを集めます。全体の見通しは次のとおりです。

| 章 | 問い | 主な結果 |
|---|---|---|
| 2 電子原子と臨界核電荷（本章） | 最も簡単な多電子系で、固有値をどこまで厳密に挟めるか | Hylleraas–Ritz の上界、Temple・Lehmann–Goerisch の下界、臨界核電荷 |
| 束縛電子数の上界と Thomas–Fermi 理論 | 原子は何個の電子を束縛できるか | Lieb の $N\lt2Z+1$、Teller の非束縛定理、Lieb–Oxford 不等式 |
| 束縛状態の個数 | 束縛状態は何個あるか | Zhislin の定理、有限性の機構、Efimov 型の対数的な個数 |
| ゼロ距離相互作用 | 相互作用の到達距離を 0 にした極限は意味を持つか | 点相互作用の Krein の公式、TMS 形式、2+1 フェルミオン系の安定性 |

前提となるのは、多体系の本質スペクトルを決める HVZ 定理（[多体系と HVZ 定理](/mathematics/spectral-scattering/hvz-theorem)）と、物質の安定性の章（[Lieb–Thirring 不等式と物質の安定性](/mathematics/spectral-scattering/lieb-thirring)）です。そこで主張だけを述べた定理のいくつか（Teller の定理、Lieb–Oxford 不等式、Zhislin の定理、相対論的 Kato 不等式）を、このテーマの中で証明します。

本章で扱うヘリウム型原子は、量子力学の初期から計算の試金石でした。Hylleraas（1929）は電子間距離 $r_{12}$ を変数に含めた試行関数で、当時の実験値に迫る基底エネルギーを得ました。変分法は上界しか与えないので、「真の値はこれより低いが、どれだけ低いのか」には答えません。この問いに答えるのが Temple（1928）以来の下界の理論で、Lehmann と Goerisch の定式化は、今日の計算機援用証明で固有値を区間で包含する標準的な道具になっています。

もう 1 つの問いは「核電荷をどこまで下げると 2 個目の電子が離れるか」です。水素陰イオン $\mathrm{H}^-$（$Z=1$）は束縛状態を持ちますが（<Ref to="mathematics/spectral-scattering/hvz-theorem#thm-h-minus" />）、$Z$ を下げていくとある値 $Z_c$ で束縛が消えます。この $Z_c$ の存在そのものを凸解析の議論で示し、上からの厳密な評価を与えます。

（この章の続きは購入者向けです。）
