# 場の量子論の模型の散乱理論：漸近場・漸近完全性・Haag–Ruelle 理論と赤外問題

> 漸近場 a_±(f) を定義し、有質量 Nelson 模型での存在を Cook の方法で示す。漸近 Fock 表現と漸近完全性（Dereziński–Gérard の定理）、質量ギャップを使う Haag–Ruelle 散乱理論、質量ゼロでの赤外問題と infraparticle を扱う。
> https://rikai.mugen-giken.com/mathematics/spectral-scattering/qft-model-scattering

## 0. この記事の要点

光や電子のように、場として表される粒子は、飛んでいる途中で別の粒子を放ったり吸ったりします。そのため「遠い未来に、どんな粒子が何個、自由に飛んでいるか」を決めるのは簡単ではありません。この記事は、その問いに数学として答えを出す方法を紹介します。読み終えると、粒子数が決まっていない系で「散乱」をどう定義するのか、質量のない粒子（光子など）があるとなぜ話が難しくなるのかが分かります。

- 場の模型では粒子数が保存されないので、自由な時間発展 $e^{-itH_0}$ と比べる[波動作用素](/mathematics/spectral-scattering/wave-operators#def-wave-operators)の代わりに、**漸近場** $a_\pm(f)=\mathrm{s}\text{-}\lim_{t\to\pm\infty}e^{itH}a(e^{-it\omega}f)e^{-itH}$ を使います。遠い未来・過去にボソンが自由に飛んでいることを、場の作用素の言葉で述べたものです。
- 有質量 Nelson 模型では、Cook の方法により漸近場が存在し、$a_\pm(f)=a(f)+K_\pm(f)$（$K_\pm(f)$ は有界作用素）の形になります。鍵は Klein–Gordon 方程式（質量のある波の伝わり方を表す方程式）の解の一様減衰 $O(|t|^{-3/2})$ です。漸近場は CCR を満たし、$H$ の固有ベクトルはすべて漸近真空です。
- 漸近真空の空間 $\mathcal{K}_\pm$ と漸近場から、等長作用素 $\mathcal{W}_\pm:\mathcal{K}_\pm\otimes\mathcal{F}_{\mathrm{b}}\to\mathcal{H}$ が作れます。**漸近完全性**とは $\mathcal{W}_\pm$ が[ユニタリ](/mathematics/functional-analysis/bounded-operators#def-operator-classes)で $\mathcal{K}_\pm=\mathcal{H}_{\mathrm{pp}}(H)$ となること、すなわち「どの状態も、束縛状態と自由に飛ぶボソンに分かれる」ことです。閉じ込められた粒子と有質量ボソンの模型について、Dereziński–Gérard がこれを証明しました。
- Wightman の枠組みでは、質量ギャップと孤立した 1 粒子殻があれば、Haag–Ruelle の方法で多粒子散乱状態が作れ、Fock 空間からの等長作用素と S 行列が定まります。漸近完全性は公理からは従いません。
- 質量ゼロで赤外特異な結合では、漸近場は存在しても漸近表現が Fock 表現にならないことがあります。van Hove 模型でこれを厳密に確かめ、荷電粒子が鋭い質量殻をもたない infraparticle になる現象を説明します。

<Aside type="tip" title="この記事で使う事前知識">

- **波動作用素**: 自由な時間発展と相互作用のある時間発展を比べて、遠い過去・未来で自由に飛ぶ状態に対応させる作用素。→ [波動作用素](/mathematics/spectral-scattering/wave-operators#def-wave-operators)
- **共鳴と Friedrichs 模型**: 離散的な状態が連続スペクトルと結合して崩壊していく、励起数が保存される最も簡単な模型。→ [Friedrichs 模型](/mathematics/spectral-scattering/resonances#def-friedrichs-model)
- **Fock 空間と生成消滅作用素**: 粒子数ごとの空間の直和の上で、粒子を 1 個増やす・減らす作用素。（この記事の前提として、既知とします。）
- **CCR と Weyl 作用素**: 生成消滅作用素の交換関係と、場から作られるユニタリ作用素 $W(f)=e^{i\Phi_{\mathrm{S}}(f)}$。（既知とします。）
- **解析ベクトル**: 作用素のべき級数が収束するようなベクトルで、自己共役性の判定に使う。→ [解析ベクトル](/mathematics/functional-analysis/self-adjointness-criteria#def-analytic-vector)
- **Hilbert 空間のテンソル積**: 2 つの系を合わせた系の状態空間。→ [Hilbert 空間のテンソル積](/mathematics/functional-analysis/tensor-products-direct-integrals#def-hilbert-tensor-product)

</Aside>

## 1. 動機

量子力学の散乱理論（[波動作用素と漸近完全性](/mathematics/spectral-scattering/wave-operators)）は、同じ Hilbert 空間上の 2 つの時間発展 $e^{-itH}$ と $e^{-itH_0}$ を比べる理論でした。粒子数が決まっているシュレーディンガー作用素では、$H_0=-\Delta$ が「粒子が自由に飛ぶ」ことを表し、これ以上の選択の余地はありません。

場の量子論ではこの比較がうまくいきません。第一に、相互作用によって粒子が生成・消滅するので、遠い未来の状態が何個の粒子からなるかは時間発展の結果として決まり、最初から固定できません。第二に、相互作用のある系の基底状態（真空）は自由な系の真空と異なり、粒子が自由に飛んでいても、そのまわりには「着衣」としてのボソンの雲がまとわりついています。$e^{itH}e^{-itH_0}$ は、この雲まで含めて自由系の状態と比べようとするので、一般には収束しません（Haag の定理は、相対論的な場合にはそもそも相互作用表示が存在しないことを主張します）。

そこで、状態ではなく**観測量**を比べます。自由場の消滅作用素は自由ハミルトニアン $H_{\mathrm{b}}=\mathrm{d}\Gamma(\omega)$ のもとで $e^{itH_{\mathrm{b}}}a(f)e^{-itH_{\mathrm{b}}}=a(e^{it\omega}f)$ と動きます。相互作用のある時間発展 $e^{itH}\,\cdot\,e^{-itH}$ で動かした場の作用素が、遠い未来に自由場と同じ動き方をするなら、その極限は「自由に飛んでいるボソンを消す作用素」と解釈できます。これが漸近場で、LSZ 形式や Haag–Ruelle 理論の数学的な核です。

共鳴の章で扱った Friedrichs 模型は、励起数が保存される特別な場合でした（[Friedrichs 模型と崩壊する状態](/mathematics/spectral-scattering/resonances)）。この章では、粒子数が保存されない Nelson 模型（[Nelson 模型と spin-boson 模型](/physics/fock-space/nelson-spin-boson)）を主な例とし、最後に相対論的な場（[Wightman 公理と再構成定理](/physics/axiomatic-qft/wightman-axioms)）の散乱理論の要点と、質量ゼロの場が引き起こす赤外問題を述べます。

（この章の続きは購入者向けです。）
