# Lieb–Thirring 不等式と物質の安定性：負の固有値の和から Coulomb 系の線形下界へ

> Schrödinger 作用素の負の固有値のモーメントを ∫V₋^(γ+d/2) で抑える Lieb–Thirring 不等式を、Rumin の方法による運動エネルギー版と Aizenman–Lieb の持ち上げで証明し、Lieb–Oxford 不等式と合わせて Coulomb 系の第 2 種の安定性 E ≥ −C(N+K) を導く。
> https://rikai.mugen-giken.com/mathematics/spectral-scattering/lieb-thirring

## 0. この記事の要点

原子の中の電子は原子核に引かれますが、核のごく近くに電子が詰め込まれてエネルギーが際限なく下がる、ということは起こりません。では電子と原子核の数をどんどん増やしたとき、1 粒子あたりのエネルギーは下がり続けないでしょうか。この記事の問いはこれです。鍵になるのは「同じ状態に 2 個の電子は入れない」という Pauli の排他原理で、これを不等式の形にしたものが Lieb–Thirring 不等式です。読み終えると、束縛状態のエネルギーの和をポテンシャルの積分だけで評価する方法と、それが物質の安定性につながる道筋が分かります。

- $H=-\Delta+V$ を $L^2(\mathbb{R}^d)$ 上の Schrödinger 作用素、$E_1\le E_2\le\cdots\lt0$ をその負の固有値（重複度込み）とすると、$\sum_j|E_j|^\gamma\le L_{\gamma,d}\int V_-^{\gamma+d/2}$ が成り立ちます（**Lieb–Thirring 不等式**）。$\gamma$ の許される範囲は $d=1$ で $\gamma\ge1/2$、$d=2$ で $\gamma\gt0$、$d\ge3$ で $\gamma\ge0$ で、右辺は半古典（位相空間の体積）近似と同じ形をしています。
- $\gamma=1$ の場合は、Fermi 粒子の運動エネルギーを密度で下から抑える**運動エネルギー版** $\mathrm{Tr}(-\Delta\eta)\ge K_d\int\rho_\eta^{1+2/d}$（$0\le\eta\le1$）と Legendre 変換の関係で同値です。本章では運動エネルギー版を Rumin の方法で完全に証明し、$\gamma\ge1$ をすべて導きます。
- $d\ge3$ では、Birman–Schwinger 原理で固有値の個数を積分作用素の固有値の個数に置き換え、CLR 不等式（$\gamma=0$）を得たうえで、Aizenman–Lieb の持ち上げで $\gamma\gt0$ に移る、という別の筋道もあります。$d=1,2$ で $\gamma\lt1$ の場合は、Birman–Schwinger 作用素の[特異値](/mathematics/functional-analysis/compact-operators#def-singular-values)の冪和を Kato–Seiler–Simon の不等式で評価してエネルギーについて積分すれば得られ、残るのは $d=1$、$\gamma=1/2$ の端点（Weidl の定理、主張のみ）だけです。
- Coulomb 系 $H_{N,K}$ の基底エネルギーは、Fermi 統計の下で $E_0\ge-C(N+K)$（**第 2 種の安定性**）を満たします。証明は「運動エネルギー版 Lieb–Thirring ＋ Lieb–Oxford 不等式 ＋ Thomas–Fermi 理論の非束縛定理」の 3 段（Lieb–Oxford 不等式は電子間の反発を密度で下から抑える不等式、Thomas–Fermi 理論は電子の密度だけで書いたエネルギーの理論です）で、Dyson–Lenard の最初の証明より格段に短くなりました。
- Fermi 統計を外すと運動エネルギー版は成り立たず、Bose 粒子の Coulomb 系のエネルギーは $N^{5/3}$ や $N^{7/5}$ に比例して落ちます。相対論的な運動エネルギーでは Coulomb 項と同じ尺度変換を受けるので、結合定数が臨界値（$|p|$ 型で $2/\pi$、Brown–Ravenhall 型で $2/(\pi/2+2/\pi)$）を超えると 1 体でも崩壊します。

<Aside type="tip" title="この記事で使う事前知識">

- **Schrödinger 作用素の束縛状態**: $-\Delta+V$ の負の固有値に対応する状態のこと。個数や深さの評価は前章で扱いました。→ [前章](/mathematics/spectral-scattering/schrodinger-operators)
- **特異値**: コンパクト作用素 $T$ について、$T^*T$ の固有値の平方根を大きい順に並べたもの。§5 で固有値の個数を数えるのに使います。→ [特異値](/mathematics/functional-analysis/compact-operators#def-singular-values)
- **Fourier 変換**: 関数を運動量 $p$ の関数に移す変換で、$-\Delta$ が $|p|^2$ の掛け算になります。→ [Fourier 変換](/mathematics/fourier-analysis/fourier-transform#def-fourier-transform)
- **直交射影**: ベクトルを閉部分空間に落とす作用素で、$P^2=P=P^*$ を満たすもの。§4 で運動量の低い部分と高い部分に分けるのに使います。→ [直交射影](/mathematics/functional-analysis/bounded-operators#def-orthogonal-projection)
- **ミニマックス値**: 自己共役作用素の下から $n$ 番目の固有値を、2 次形式の最小・最大で表したもの。→ [ミニマックス値](/mathematics/functional-analysis/operator-convergence#def-minimax-values)

</Aside>

## 1. 動機

水素原子のエネルギーが $-\infty$ でないこと（第 1 種の安定性）は、Hardy の不等式か Sobolev の不等式から 1 行で出ます。しかし日常の物質がそれ以上のこと、すなわち **1 粒子あたりのエネルギーが粒子数によらず下に有界である** ことを満たしていることは、それほど自明ではありません。もし $N$ 個の電子と原子核の系のエネルギーが $-N^{7/5}$ のように振る舞えば、2 つの物体を合わせるとエネルギーが放出され、熱力学極限は存在しません。

Dyson と Lenard は 1967 年に、電子が Fermi 粒子であれば $E_0\ge-C(N+K)$ となることを初めて証明しましたが、その定数は $10^{14}$ 程度と現実の値から大きく離れていました。1975 年に Lieb と Thirring は、Pauli の排他原理を「運動エネルギーが密度の $5/3$ 乗の積分で下から抑えられる」という 1 本の不等式に凝縮し、Thomas–Fermi 理論の非束縛定理と組み合わせて、見通しのよい証明を与えました。この不等式は、Schrödinger 作用素の負の固有値の和に関する評価と双対の関係にあり、こちらはスペクトル理論そのものの問題です。

本章ではスペクトル理論の側から始めます。前章 [シュレーディンガー作用素の自己共役性と束縛状態](/mathematics/spectral-scattering/schrodinger-operators) で扱った束縛状態の**個数**と**深さ**を、ポテンシャルの積分ノルム 1 つで同時に抑えるのが Lieb–Thirring 不等式です。その後、多体系に移り、HVZ 定理（[多体系と HVZ 定理](/mathematics/spectral-scattering/hvz-theorem)）が本質スペクトルの位置を与えるのに対して、本章の結果は基底エネルギーの粒子数依存性を与えることを見ます。

（この章の続きは購入者向けです。）
