# 自由 Dirac 作用素：Clifford 代数の表現、自己共役性とスペクトル、Foldy–Wouthuysen 変換

> Dirac 行列の組がユニタリ同値を除いて一意であることから始め、自由 Dirac 作用素の自己共役性と絶対連続スペクトル、Foldy–Wouthuysen 変換による対角化、正・負エネルギー射影の非局所性を証明する。
> https://rikai.mugen-giken.com/mathematics/dirac-operators/free-dirac-operator

## 0. この記事の要点

電子のような軽い粒子の運動を、光速に近い速さまで正しく扱う方程式が Dirac 方程式です。この記事では、力が何も働かない最も単純な場合を取り上げ、「この作用素は量子力学の演算子として矛盾なく定義できるか」「取りうるエネルギーの値はどう分布するか」「正のエネルギーの状態と負のエネルギーの状態はきれいに分けられるか」を調べます。読み終えると、以降の章で外から力を加えたときの議論が、この単純な場合を土台にしていることが分かります。

- $\alpha_1,\alpha_2,\alpha_3,\beta$ を互いに反交換し 2 乗が $1$ のエルミート $4\times4$ 行列（Dirac 行列）とします。Clifford 代数の Pauli の基本定理（この種の行列の組は本質的に一通りしかない、という定理。[外積代数・Clifford 代数・超代数](/mathematics/algebra/exterior-clifford-superalgebras)）から、そのような組は**ユニタリ行列による共役を除いて一つ**しかありません。以後の結果はすべて表示によりません。
- 自由 Dirac 作用素 $D_0=-i\boldsymbol{\alpha}\cdot\nabla+\beta m$ は、[Fourier 変換](/mathematics/fourier-analysis/fourier-transform#def-fourier-transform)で $4\times4$ エルミート行列 $D_0(\boldsymbol p)=\boldsymbol\alpha\cdot\boldsymbol p+\beta m$ の掛け算になります。$D_0(\boldsymbol p)^2=E(\boldsymbol p)^2$、$E(\boldsymbol p)=\sqrt{|\boldsymbol p|^2+m^2}$ から、$D_0$ は $H^1(\mathbb{R}^3;\mathbb{C}^4)$ 上で自己共役、$C_c^\infty$ 上で本質的自己共役、スペクトルは $(-\infty,-m]\cup[m,\infty)$ で純粋に[絶対連続](/mathematics/functional-analysis/spectrum-classification#def-spectral-subspaces)（スペクトル測度が Lebesgue 測度に対して絶対連続で、固有値も特異連続部分も持たないこと）です。
- **Foldy–Wouthuysen 変換** $U_{\mathrm{FW}}(\boldsymbol p)=\bigl(E+m+\beta\boldsymbol\alpha\cdot\boldsymbol p\bigr)/\sqrt{2E(E+m)}$ はユニタリで、$U_{\mathrm{FW}}D_0U_{\mathrm{FW}}^*=\beta\sqrt{-\Delta+m^2}$ と対角化します。正・負エネルギー射影は $\Lambda_\pm=U_{\mathrm{FW}}^*\frac{1\pm\beta}2U_{\mathrm{FW}}$ です。
- $\Lambda_\pm$ は位置について非局所的です。正エネルギーの状態は**コンパクトな台を持てません**（Fourier 変換の解析性と $E(\boldsymbol p)$ の分岐点から）。速度作用素 $\alpha_j$ の固有値は $\pm1$ ですが、正エネルギー部分空間に圧縮すると群速度 $p_j/E$ になり、残りは振動数 $2E$ の Zitterbewegung（震えるような小さな振動運動）です。
- 本テーマは、この自由 Dirac 作用素を出発点に、Coulomb 場の自己共役性（第 2 章）、no-pair 作用素の下界（第 3 章）、第二量子化での実装可能性（第 4 章）、超対称性と指数（第 5 章）へ進みます。

<Aside type="tip" title="この記事で使う事前知識">

- **エルミート行列**: 複素共役を取って転置しても変わらない正方行列。実数の固有値を持ち、ユニタリ行列で対角化できます。→ [エルミート行列](/mathematics/linear-algebra/spectral-theorem#def-hermitian-unitary)
- **Fourier 変換**: 関数を、さまざまな波長の波の重ね合わせとして表し直す変換。微分が掛け算に変わります。→ [Fourier 変換](/mathematics/fourier-analysis/fourier-transform#def-fourier-transform)
- **本質的自己共役**: 稠密な定義域で定義された対称な作用素で、閉包を取るとただ一つの自己共役作用素になるもの。→ [本質的自己共役](/mathematics/functional-analysis/self-adjointness-criteria#def-symmetric-essentially-self-adjoint)
- **関数計算**: 自己共役作用素 $A$ に対し、関数 $f$ を使って $f(A)$ を作る仕組み。スペクトル射影もこれで得られます。→ [関数計算](/mathematics/functional-analysis/spectral-theorem-unbounded#def-functional-calculus)
- **整関数**: 複素平面全体で微分可能な関数。→ [整関数](/mathematics/complex-analysis/properties-of-holomorphic-functions#def-entire)

</Aside>

## 1. 動機とテーマの見通し

[相対論的量子力学](/physics/quantum-mechanics-2/relativistic-quantum-mechanics) では、Dirac 方程式を平面波と動径方程式で解き、水素様原子の準位を求めました。そこでの計算は形式的で、「$H_D$ はどの定義域で自己共役か」「負エネルギー状態をどう扱うか」は問いませんでした。しかし Coulomb ポテンシャルが強くなると、形式的な計算は破綻します。核電荷 $Z$ が $Z\alpha>1$ を超えると Sommerfeld の公式 $E=m\sqrt{1-(Z\alpha)^2}$ が複素数になり、その手前でも、どの境界条件を選ぶかで答えが変わります。負エネルギー状態は、多電子系では「電子が負エネルギー状態へ落ち続ける」不安定性（Brown–Ravenhall の病）を生み、場の理論では真空の定義そのものに関わります。

本テーマは、これらの問題を作用素論の言葉で整理します。

| 章 | 主題 | 中心となる定理 |
|---|---|---|
| 1（本章） | 自由 Dirac 作用素 | 自己共役性とスペクトル、Foldy–Wouthuysen 変換、$\Lambda_\pm$ の非局所性 |
| 2 | [外場つき Dirac 作用素と Dirac–Coulomb](/mathematics/dirac-operators/dirac-coulomb) | $\vert \nu\vert <\sqrt3/2$ での本質的自己共役性、$\vert \nu\vert <1$ での特別な自己共役拡大、本質スペクトル、Kato の相対論的不等式 |
| 3 | [no-pair（Brown–Ravenhall）作用素](/mathematics/dirac-operators/brown-ravenhall) | Brown–Ravenhall 作用素の下界（臨界結合 $2/(\pi/2+2/\pi)$）、Furry 描像、Mittleman の射影 |
| 4 | [外場 QED と Shale–Stinespring の定理](/mathematics/dirac-operators/external-field-qed) | 分極の取り替えの実装可能性、真空電荷とスペクトル流 |
| 5 | [超対称量子力学と Witten 指数](/mathematics/dirac-operators/supersymmetric-qm) | 超電荷の同スペクトル性、Witten 指数の安定性、Nicolai 写像 |

この章の役割は、全章で使う道具をそろえることです。とくに正・負エネルギー射影 $\Lambda_\pm$ は、第 3 章の no-pair 作用素と第 4 章の Dirac の海の両方で主役になります。単位系は $\hbar=c=1$、質量は $m\ge0$（断らなければ $m>0$）とします。

（この章の続きは購入者向けです。）
